今夏の観察日記第2弾、セミちゃんの登場である。
裏庭には、蝉の幼虫がはい出たあとの穴がよく開いている。
でも、セミが羽化する瞬間を見たことがなかった。
成虫がミンミンジージーツクツクとなき、ブブブっと飛んでいくのはよくみても、
どこにいるかわからない、しかもちょうど今年成虫になる年数の幼虫を土中から採集するのはむりだろう、
つまり飼うのはむりだと思っていた。
裏庭 シイの木の根元 アジュガのそばにある蝉穴 こんなのがよく見られる
ところが、今夏、それを人生ではじめて目撃することになった。
家人が帰ってくると玄関前にひっくりかえってもぞもぞしている茶色の虫を見つけたという。
あ、これは蝉だ、それも羽化しようとしている!と瞬間的に思ったそうだ。
わたしからすると、ゴキブリとよくまちがわなかったものだ、というような形状だが、
アゲちゃんのことがあるから、これは羽化を手助けするべきだと思ったそうだ。
そう、アゲちゃんの、羽化する前と、サナギになる前の様子に似ていた。
焦っているのに、体が丸くて重くて、なかなか起き上がれない。
しかも、どこからやってきたのか、玄関前のタイルの上だから、
自然の中ならあるはずの雑草の葉っぱやら茎やらこんもりした土もなく、
なにもつかまるものがなくて、足をバタバタするばかり。
こりゃ一大事、とユリの支柱にしていた細い竹を引っこ抜き虫に近づけると、つかまった。
そのままそっと、裏庭まで運び、金木犀の枝に載せてやったというのである。
そんなわけでうちの裏庭で急遽開催された、セミちゃんの羽化観察大会である。
世間ではパリで開催される世界規模の体育大会を見ているときに、うちでは、庭先でセミの羽化を見るということにあいなった。
発見が7月29日18時ごろ。まだ明るい。竹の細枝をよじよじと登っていく。
茶色いゴキブリに似ているが、体は厚みがあるのが大きな違い。
前2本が大きくカニのような手をしているので、全体にちいさいエビのようだ。
竹はつるつるしているのか、やりにくそうにしているのもかわいらしい。
竹を寄りかからせた金木犀の枝にうまく移ってくれた。
葉に邪魔されながらもうろうろと登っていく。
アゲちゃんのことがあったので、気に入った場所を探しているのだろうと察せられた。
途中、アリが体を這いまわるのをいかにもいやそうに手で払ったりしている。
わたしたち人間も、寄ってくる蚊を同じように手で払う。
一緒だ。
蚊取り線香を焚きたかったが、セミちゃんも追い払っては元も子もない。
我慢することにする。かゆい。
もう、その辺にしとけよ、と思うのだが、気に入らぬようで、細い枝に移ったりしている。
葉っぱの裏に取り付いて、さかさまになったりしている。やめとこうよ、それは。
ここにするかと決めて静かに落ち着いたところへ、
またもやアリがやってきて背中をはい回るので嫌気がさしたのか、
またもぞもぞと移動を始める。
そんなちいさいアリなんかほっとけ、と思うが、人間だって蚊がいたらやだもんな。
だが、そんなことでタイムアップになっては、とこちらはハラハラする。
体が固定しないまま羽化がはじまっては失敗するかもしれない。
私もちょっとは手伝おうと、アリが這い上がるのを、指で払ったりしていたが、
テキは2匹、アリの道ができているのか、いつのまにかやってきている。
セミちゃんはアリを払っているうちに、手が離れておっこちてしまった。
あっ!
どこいった、おい。
草をかき分ける。
いない。
むやみに動いて、セミちゃんを踏んづけてはと思い、動けない。
おいおい。どこだどこだ。
いた。いたが、またひっくり返っておる。
大慌てで、雑草の茎で救出を試みるも、セミちゃんの足の力はわりと弱いらしく、
簡単に手が離れてしまうのだ。体が重いのかもしれない。
何度かトライしても失敗しているうちに
あまり人間が手を出すのもよくない、足が折れたら大変だ、自然に任せようと思って見ているうちに、
なんとかこんもりした土を背に起き上がれた。よしよし。
そして、またけなげによじよじと登っていく。
これぐらいの太さのある幹にはうまく手がかかるようで、スムーズである。
アゲちゃんはわりとなんにでもくっついていけたが、セミちゃんはそうでもないようだ。
なにしろ、セミちゃんは地上の経験がほとんどないものな、、、。
目を頼りにしていないのか、目隠しされているかのように、足でペタペタ触って幹の形状を確かめている。
セミちゃんが登っているのは、枯れて切ってしまった高さ140センチほど金木犀の幹で、てっぺんは平らになっている。
妙だと思ったのか、足でペタペタとまたも確認作業に入っている。
うん、そこはさー、平らなんだよね、もうその先はないんだよー、と伝えたいのだが、目ではわからないのだろうか。
セミちゃんはてっぺんまでいくと、これも気に入らないのか、また下りていく。
さかさまになって、ごそごそしたのち、また正常の位置に戻ると、ここに決めたようだった。
アゲちゃんの時もそうだったが、てっぺんから5センチほど下の位置が好きなようだ。
羽根を乾かして、その先に歩いて行けるようにだろうか。
だとすると、距離を測っていたのか、頭が良い。
だが、ここで、人間のほうが暑さと蚊でタイムアップ。いったん家に避難した。
われわれがひっくり返ることになっても、自然に任せてたら死ぬことになる。
家で調べると、6時から7時の間に1時間かけて脱皮をし、さらに3時間かけて羽根を乾かすという。
むむ、今7時半か、いまが脱皮のチャンスか、あわてて、長袖を着て蚊よけスプレーをして、再度挑戦ダ。
以下、写真多めでコメントのみで書こうと思う。
19:25 急に暗くなってきた。
エビに似ている。そうだ、セミの抜け殻ってこんなんだったけね。
静かにしている。光を当ててもどうということもなさそうだ。
調べると、走光性という、光があるほうが脱皮するのによいらしい。
なんでだ? 電灯がある現代ならいいけど、大昔なら焚き火とかか?
人間がいるほうがいいってこと?
なぞは深まるが、まあよい、観察するのに光厳禁でなくて、助かった。
20:08 もぞもぞ動いている。皮を脱ぐ準備か。背に身との空隙が白く見える。
頭の部分が割れて、動かしている。背が盛り上がってきた。
20:13 背が完全に割れた。
なんか出てきた。
目が、目が出てきた!デカ目だ、かわいい!
ちいさいカエルみたい。
おっと、手を抜くのか? そっといけよ。
いった―――! だが、アゴが大変なことになっておるぞ。大丈夫か。
うさぎみたいになっておる。ちいさい羽根かわいいなあ。
20:34 完全にそっくり返っておる。すごい腹筋だ。
よく見ると、何本かうすい糸が体を支えている。
足の殻かとおもったが、あれは糸だ。
そりゃそうか、落っこちちゃったら羽化失敗だ。うまくできてるもんだ。
アゲちゃんは口から糸を1本出してくぐっていたが、セミちゃんはこういう感じか。
たまに休んでいるのもかわいい。そうだ、慎重に行けよ。
ついにお尻で支えるのみ。すごいことになってきた。
頭に血がのぼっておらぬか。
たまに動かなくなる時がある、
心配する。死んだのではないよな!
20:38 ついに起き上がった!
これからどうするつもりだよ、
そのままバック転かそれとも驚異の腹筋を見せるか、と
SASUKEの解説のようなツッコミをしていたが、
2回に分けて腹筋でヨッと起き上がった。
ついでに、お尻もつるりと殻から抜いた。
ああ、羽根が、羽根がーーー!
これは、あれだ、クリオネちゃんだ、陸の妖精だ。
白い体に、黒いつぶらな目、薄青のちいさい羽根。
想像上のアニメの動物のようだ。赤い斑点がほっぺたみたいだ。
自らの抜け殻に手をかけておる。おおおお。
前足はなにか濡れているようで全体にしっとりし、先端に水滴様のものがついていた。
だが、それは粘性のあるものだったようで、もう用なしと足でよけるとコロリと玉になって転がっていった。
まだ強度がない足でうまく立つ工夫だと思われる。
よくできてる。とここでも思った。
20:42 羽根がじょじょに大きくなっていく。
アゲちゃんは、羽根をたたんだ状態だったが、
セミちゃんは、どうやら、じょじょに風船に空気をいれるかのように羽根を大きくさせていっているように見えた。
くっ、かわいいぞ。
ターキッシュブルーの羽根が美しすぎる。フラジャイルな美しさ。
葉脈のような筋が見える。
21:47 脱皮して1時間、羽根がさらに大きく、茶色に変色してきた。
もう立派に蝉っぽいかたちになったな。
よくがんばった、えらかったな、セミちゃん。
これで、羽化観察大会も終わり。
アゲちゃんと違って、羽化直後に飛び立ちはしないそうだ。
朝、また様子をみることにするが、まあ、飛んで行ってもいいや、と思う。
朝、4時。すっかり成虫に。羽根はこんなに大きく、茶色に、美しくなっている。
昨日、もう立派に成虫だ、などと思ったが、これほど羽根が大きくなるとは!
昨夜は体のほうが大きかったのになあ。
蝉でも蝉でもセミちゃんはナニゼミなのかなと思っていたが、
こう見てみると、アブラゼミだったということが判明した。アブちゃんだ。
朝、7時。まだいた。なんと庭石の間にいた。
挟まってるのか、暑さを避けてるのかわからないが、ブブっとたまに動いていたので、元気そうだ。
昼、もういなかった。