2017/10/19
おすすめ投稿

世界の終わりについて

この度、原口比奈子が下記【ワークショップ「言葉と音楽 Vol.8」】で自作の朗読をいたします。
どなたもご観覧いただけます。是非ご来場ください。

高瀬さんのピアノとのセッションも、多和田さんからの講評も楽しみ。

数年前から出たい出たいと切望していた憧れの場についに参加できて心から嬉しい。
同じ分だけ不安も。

2017年秋   原口比奈子


多和田葉子・高瀬アキ パフォーマンス&ワークショップ

1. パフォーマンス「世界の終わり」 2017年11月13日(月)18:30~20:30

いつのまにか「戦後」が「戦前」になるような、歴史が後戻りしているような不思議な気持ちになる今日この頃。ヨーロッパでも、国境を超えた共同体の試みが、さまざまな困難に直面しています。そんなアクチュアルな状況を見据えつつ、ベルリン在住の作家・多和田葉子とピアニスト・高瀬アキが、今年も刺激的かつ思索的な舞台を展開します。

2.ワークショップ「言葉と音楽 Vol.8」 2017年11月14日(火)16:30~18:30

「世界の終わり」をイメージしつつ書いた詩や散文、もしくはこのテーマに関連した新聞記事を詩にした作品を3分以内で朗読しつつ、参加者が音楽とコラボします。


開催日時:
1. パフォーマンス「世界の終わり」2017年11月13日(月)18:30~20:30(開場は30分前)
2.ワークショップ「言葉と音楽 Vol.8」2017年11月14日(火)16:30~18:30(開場は30分前)

会場:
早稲田大学小野記念講堂(早稲田キャンパス 小野梓記念館27号館地下2階)
〒169-0071 東京都新宿区戸塚町1−103 大隈講堂の目の前です。

料金:
入場無料・予約不要・全席自由(先着200名) 一般の方も入場可能 ※未就学児入場不可

出演:
多和田葉子(作家)・高瀬アキ(ジャズピアニスト)

問い合わせ先:
早稲田大学文化構想学部 文芸・ジャーナリズム論系 松永美穂研究室 tel:03-5286-3637
早稲田大学文化企画課 tel:03-5272-4783(月~金 9:00~17:00)
e-mail:art-culture@list.waseda.jp

多和田葉子・高瀬アキ パフォーマンス&ワークショップ 2017

 

ここ数年毎年、二夜とも観覧しているが、いつもものすごく面白い。ぜひ行ってみて!
早稲田大学に行ってみたい方もぜひ。小野梓記念館は大隈講堂の目の前。小野梓と大隈重信は大の仲良しで、今も隣りにいるのかと思うとほほえましい。

2017/10/24

制作の前

この週末、小さいノートPCを買ってみたんです。

家の好きなところで開いて、まずは2つ書いてみました。

文章は、思いがストレートに出すぎて恥ずかしいなあと思いました。

絵のほうがいいなあ、いや絵も恥ずかしいか。

思いを隠そうとしたり、思いがなくて描いた絵はつまらないから、だいじょうぶだ、はずかしくていいんだ、と自分に言い聞かせました。

2017/10/14

初対面でも作品を通して知り合うこと

忘れないうちに書いておこう。日々に流されていると、気づきがさらさらと風に失われてしまう。

このあいだアトリアの口頭審査で思ったこと。

キュレータのXさんは以前私の作品を観たことがあると言っていた。そして私は、Xさんが書いた評論を読んだことがあった。お互い初対面だったが、作品を通して知り合いだったのだ、と思った。同じ業界にいるとそういうことはままあるのだろうと思っていたが、意図せざる場面で私の身の上に現実として起こってうれしいことだった。数年間、制作を続けていた成果、私もある種のアート業界に所属している実感を得た。今日もまた、後年、こういうことがあった、と思い出す日々の一つになるだろう。

 

それとは別で思うこと。前に知り合いの作家から「直接お会いできませんが、作品を通してお会いできればと思っています」と言われて、それはキレイゴトなんじゃないかなと思ったことがあった。線が細く具合が悪くなることが多い彼女は人と会うのが苦手なんだろうと思ったのだが、その後、そういうことはあると思うようになった。つまり、直接会う人物そのものよりも、作品のほうが本人により近い、という意味で。

それでも、先日は、作家を見て、なあるほど、と思ったことはあったのだけど。

まあ、はるか昔に死んだ作家、遠い外国にいる作家とは、直接会わずとも作品だけを好きになるということはよくあること(だいたいそんなことばっかりだ!)で、作家と作品との関係についてはこんなものだろうと思う。作品に作家は現れる一方、外面だけでは計り知れない何かを身の内に隠し持っているのが作家だろうから。

2017/10/08

カズオ・イシグロノーベル賞受賞

カズオ・イシグロがノーベル文学賞を受賞した。現代社会でもっとも読まれるべき作家であり、読むべき本をずっと書きつづけている作家だ。とても嬉しい。

村上春樹とは親しいらしい。日本語はほとんど忘れたと言っているけど、家では話すのよ、と奥さんがこっそり教えてくれたという。数年に1冊小説を書き、普段は取材や研究にあてている。欠けたものを埋めようと、失われたものを取り戻そうと、孤独に制作する姿勢はこの2人に共通していると思う。

2017/10/04

見ると見られる

ここ最近の制作では、見ると見られるについて考えている。

イヤリングについて考える。イヤリングをつけた自分の姿は自分では見えない。他人からどう見えるか考えたアクセサリーだ。

一方、リングは自分の目でよく見るものだ。自分で見るための装飾。

似ているけど、機能は随分違う。「イヤリングと指環をそろえて買ってもいい」と店頭で言われてあらためて思ったこと。

2017/09/29

一緒に展示したい人

キュレータのYさんに「どういう作品と一緒に展示したら自作が映えるか考えるといいよ」と言われ、なるほどーと思った。

一緒に展示をやるなら気の合う人か、好きな作品を作る人か、と思っていたけど、そうじゃない、自作のことを考えるべきなんだ!

札幌の個展で、子どもがこれはスターウォーズ?と聞いた という話を聞いて、スペイシーな立体作品と一緒に展示したらいいなーとふと思いついた。

そういう作品を作っている作家の個展をちょうどやっていたので、早速行ってみた。

作家本人も在廊していた。でも勇気が出なくて声をかけられなかった。

作品はすでに完成していてもう十分という雰囲気もあったし、観客に囲まれてるときの作家本人の様子を見て、何より共有するものが少ない気がして。

私は長女気質で、目上の人に本気のお願いをするのが緊張する。

けど、それでも声かければよかったのかしら?

お友達にならきっと「なんでもいいから声かけてみればいいんだよー、意外な展開があるかもしれないんだし!」と私は言うと思う。実際にそういう経験がある。目的通りにいかなくても、意外な共通点が見つかったりすること。

ただ、熱意が不勇気を越えられなかった。いつもは予習して武装を強化するのにちょっと予習不足だったかもしれない。

それでも、展示をしていて、自分の作品が宇宙っぽいなと思った。こんな視点を持ったこと、まずは一歩かもしれない。

2017/09/24

なぜ黒いアクリルの反射作品を作ったか

2015年秋、中之条ビエンナーレに出展し、鑑賞者がどのように鑑賞しているか私は会場でじっと見ていた。

すると、私のドローイングの線の発端に自分の指を当てて、カメラに向かってポーズを取っている若い女性のグループが散見された。

まるで自分が描いたように見せかける写真、よくピサの斜塔を倒れないように押さえたように撮影する写真のようなものだ。作品を対象として見るのではなく、作品と自分を関連づけて楽しむということだろうか。

それと、写真家の梅佳代さんだったか、人は自分の写った写真に注目して見るものだ、と言ってた。

だからか、と思った。それなら、と思った。

鑑賞者自身が映る作品を作ってやろうと思った。

そう思っていたとき偶然、2015年末、ゲルハルト・リヒターの個展でグレーの作品に鑑賞中の自分自身が映っているのを発見した。具体的な作品像がおぼろげに浮かんだ。

制作したのは2016年夏で、札幌での個展で発表した。

多分に自分がナルシストであることもあると思う。

2017/09/24

なんで鏡の作品を作ったか

本当の本当の話をしよう。

作家の顔を鏡に描いた作品と、作家の自画像を透明アクリルに描いた作品。

なぜこういう作品を作ったか。

私自身、どのように他人の目に自分が映るか、どう見えているか、外部の目を非常に気にするからである。外部の評価がすなわち行動の基準になる。

でもこれは、私だけの個人的な問題ではないと思う。現代にいきる人々の、大勢に共有される感覚だろうと思っている。


展示風景

2017/09/24

紙にドローイング

今なら紙にドローイングを描ける気がする。

石川九楊の作品をウェブで観て、興奮している。

こういうのを私の線で描いてみたい。
2016年に和紙に描きかけたけど、やめてしまった。

紙の種類を変えてみよう。

ペンも変えてもいいか。

2017/09/23

ガラスに描いた線と床に映った線


自作をためつすがめつ観る。

作品の前に長い時間立ってみる。

いろんな発見がある。
本展示中、思わぬことに、独特の線がいいと言われて、あらためて見る。

そうか、そういうふうに思う人もいるのか、では次はこういう作品つくろうという気持ちが出てきた。

これが展示のいいところ。

頑張って在廊して良かった。人と話すと寝込むことも多いけど、自分では気づかないことに気づかされる。