アゲハチョウの幼虫を育ててみることにした(2)

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そんなわけで、ひねりつぶさずに、戻すことにした。
もとの山椒の枝の上に切った小枝ごと乗せておいた。
自分でフレッシュな葉のほうに移るだろう、野生のものだ、それぐらいやるだろうと。

ところが、次の日、どうしているか裏庭に見に行くと、いない。
小枝もない。山椒の葉のうらおもてをよく見てみたが、枝もあいつもいない。
動転して、開かないドアを無為に何度もガチャガチャやるように、
おい、お前、どこにいった、と
山椒の木をぶるぶる揺らせば、昨夜の雨粒が落ちてくるのみ。
おーいおーいと呼ぼうにも、名前もなかったから、ただただ右往左往する。

そういえば、と思う。
あの形状は、鳥のフンに擬態しているのだそうだ。
鳥が天敵である。
うちは鳥はさほどこないが、来ないこともない。
見れば、株元に、しおれた小枝が落ちていて、
やはりしおれた葉っぱにダンゴムシがたかっていた。
ああ、やられたんだ、とわたしは意気消沈した。
虫はやられ、小枝だけが残り、これも食物連鎖の輪に入っていく。
飼いたいなら、なぜネットをかけておかなかったか。
やはりここでも露呈した自分の見通しの甘さをはげしく後悔した。

昨日はさほどでもなかったのに、かわいかったのになあという気になってくる。
最後によく見るかと、かがんでみると、
いた。
枝の陰に体を折るようにちぢこまっていた。
おうおう、無事だったか。
お前はよわっちそうだが、足腰が強いのだな。あれほどの強風にも耐えたのか、えらいぞ。
昨夜のは台風だが、さっきのはわたしの起こした風だ。許せよ。

しかし。どうする。
ネットか。
わざわざ買うのは面倒で、代用できるものも思いうかばない。
さっきまで、ネットをかぶせるべきだった、家で引き取るべきだったと
後悔やまずだったのに、
いったん、生きているのがわかるや、
家で飼うには、専用箱なりペットボトルなりを用意し、密閉せぬよう逃げぬよう細工をし、
フレッシュな葉をつけた小枝を水を入れた小瓶に差し入れ、切らさぬようにし、フンを片して、
やってられない。
ここならば、新鮮な葉と空気は彼にとっては山ほどあって、フンは落とし放題、そのうち肥料になる。
よし、やはりここで飼おう。
ただ、途中で鳥にやられたとしても、それはそれとしてあきらめる、
ここまで覚悟を決めた。

ただ、気になったので、天敵について調べてみた。
ううむ、天敵が多いな、お前は。
鳥はもちろん、アリ、クモ、ハチ、カマキリ、トンボ、トカゲ。
さらには蛹に寄生するやつもいる。
そうだ、山椒の近くに南天があって、カマキリの卵が越冬していた。
最近、そこらにちいさいのを何匹か見た。あれもいずれアゲハちゃんの天敵か。

ついでにカマキリについても調べる。
去年、家の白い壁をボルタリングのように落ちては登り、落ちては登っていく
ストイックな様子にほれぼれしたのだが、あれはいったい何を食べておるのか。
いも虫は葉っぱをたべ、アリは果物の腐ったのを運び、
たいていの虫はつねに食べ物を食べるか探すかしているというのに、
彼は、一人孤独に、ひたすら垂直の壁を登っていた。

なんと、カマキリは肉食だという。あろうことか相当大きなやつも食べるらしい。
チョウ、セミ、バッタ、トンボ、スズメバチ、カエル、小鳥。トカゲ、ヘビと書いてある資料もある。
あんなほっそりしているのに大食漢である。
あの武器を振るうためには腕の筋肉も相当であろう。
それで、日々トレーニングしているのか。立派だ。
それともただの好奇心の塊なんだろうか。それで、大物にも果敢にいくのだろうか。
いずれにせよ、さすがにうまれたばかりならアブラムシを捕るようだから、
山椒のまわりをうろうろしてもかまわぬ、とこれも放っておいた。

それで毎日様子を見に行く。名前は日によってアゲちゃんとかアゲハちゃんとか呼ぶ。
最初はちいさくて、たいして動きもしなかったが、
ここ数日、食い荒らされた葉っぱが目立ってきた。
一枝食いつくして、違う枝に移っておるな。
よしよし、食え食え。敵に気をつけてな。

キッチンのシンクにいたころは、前だか後ろだかわからない様子だったが、
今や螺髪のようなのが頭だとわかる。
黒いボツボツのあいだから、目が光っている気がする。
目が合っても気持ち悪いので、ちょっとだけ見ることにする。

天敵が多いわりに、葉っぱの上に堂々と伸びていることが多い。
観察するには都合がいいが、もっと葉の裏に隠れるとかしなくていいのかと思う。
まだ、うれしいことに元気にしておる。

いつまでうちにいるか不明だが、いるまで書くことに決めた。
この間、戦前の高等教育を受けた人の文章を読んでいたせいで、
すっかり文体が爺さんになってしまった。

 


※下に虫の写真注意。