そろそろ蛹になるのだろうか、と様子を見に行く。
いない。
いなくなった。
いない。
どこにもいない。
蛹になるためには、ワンダリングという行動をするという。
柚子の葉っぱのうらも、近くのヒサカキの幹も、ミョウガの枝も、しゃがんで下から舐めるように探す。
いない。
さなぎになる前は液状のフンをするという。そんなのがないか地面をみるが、ない。
山椒の葉の上に、固形のフンがあるだけ。
フンの上方の本体があると思うも、上にはなにもない。
これまで地面に落ちていたから、
上に空のみがあるのがまた、鳥にやられた証拠にも思える。
さなぎになるため歩き回ってどこかにいってしまったのかもしれない、と強く自分に言い聞かせたが、
本当は鳥にやられたと認めたくないのだ。
とにかく、喪失感でいっぱいだ。
せっかく、飼育箱も用意したのに、無駄になってしまった。
カラの飼育箱を見るとは、なんてつらいことだろう。
ぐずぐすしてないで、早く引き取ればよかったのに。
お昼を食べてから、なんてのんびりせず、先に見ればよかったのに。
最近、スズメが2羽うちの庭によく来ている。さっきもバタバタ飛んで行った。あいつらか。
そう思って、もう一度見る。
あっ、いた! 思わず声が出た。
いたよ、いたよ。
隣りのミョウガの茎にぽちょんとつかまって、こっちを見ていた。
おい。こんなところにいたのかよ。
動いちゃダメっていったでしょ。迷子を怒る母親のようなことを言う。
もうね、こんな思いはしたくないよ。いますぐ、家に引き取る!
だいたい、こんな目立つところにいて、あぶないったら。
それで、急遽、引き取ることになった。
ミョウガの枝ごと、剪定ばさみでバッサリ切って、家に持ち帰る。
ミョウガの枝につかまっていたということは、もう食べ物は食べないのだろうと思ったが、
もしごはんが食べたくなるかもしれないからと、柚子と山椒の枝とともに小瓶に水をいれて、箱の真ん中に置いた。
蛹がつかまれるように割り箸を立ててみる。
アゲちゃんは、割り箸を見つけるも、どんどん登ってその先になにかないかと、
頭を振り乱している。荒ぶるオッコトヌシそのもの。
割り箸の先の、箱のてっぺんまでのぼっていって、縁を歩いていく。
速い。
君がこんなに動くのを初めてみたよ。
あわててフタをすると、少しのすきまから頭を出して、脱走しそうになる。
このまま、蛹になるのにちょうどいい場所を探しつづけるのだろうか。
割り箸は何本か垂直に立ててみたが、斜めのも作ってみる。
マスキングテープで固定する。
急に環境が変わったのが嫌なのか、ウロウロしている。
山椒の葉っぱを近くに置いてみるも、まったく眼中にない。
それどころじゃないんで、という調子で、葉っぱを踏み越えて歩いていく。
荒ぶっているアゲちゃんは、すごく大きく、すごく伸びて、
頭を振り回して、近くに何か棒状のものがないか探している。
背中の中心に、ホログラムのように、線が浮かび上がっては消える。
心臓のように、ドクドクしている。
とにかく、すごい。
フタを開けていると、フタの縁を歩き回って外に出るだけでキリがないので、
フタをしてしばらく様子を見る。
やっと30分すると、徘徊をやめ、壁にぴったりとくっつき、
あっという間に、ちいさく、ちいさく、ちぢんでいった。
すごく、すごく、かわいい。
飼育箱の窓からのぞくと、飼育箱の天井から3センチほど下の壁にちいさく、つかまっている。
あんなに大きかったのに、蛇腹を極小に縮めて、半分以下の長さになった。
あの長い身はどこにいってしまったんだろう。
あんなに動き回っていたのがうそのような静けさ。
ここが気に入ったのだろうか。
棒じゃなくてただの壁なんだが、大丈夫だろうか。本人がいいなら、いいんだが。
飼育箱の窓からのぞくと、飼育箱の天井から5センチほど下の壁に、つかまっている。
蛹になるときはあまりさわらないほうがいいそうなので、そっとしておく。
蛹になる前には前屈姿勢をとるそうだが、アゲちゃんは今のところ、ぺったり壁に沿っているのみ。
このまま10日ほど、飲まず食わずでここにいることになる。
だから、あんなに食べまくったのか。冬眠前の熊と同じだ。
おかげでうちの山椒は丸裸になった。
昨日も、餃子の薬味として食べたかったが、アゲちゃん優先、人間後回しで我慢した甲斐があった。ぎりぎり、間に合った。
山椒には申し訳なかったが、まだ新芽も出ているので、なんとか復活するだろうと楽観している。
とにかく、うまく家に引き取れて、ひとまずほっとする。
このまま蛹になってくれればいい。寄生バチも入り込むスキはない。
だから、いつのまにか、いつ家に引き取る問題も解決した。
このまま蛹になるなら、フンを洗い流すとか、フレッシュな枝を切らすな、とかいう面倒もなくてよくなった。いちばんよい時期に引き取れたと思う。
どうも私はそんなことが多い。先々のことを考えすぎて不安を増幅させては悩んでばかりいる。
こんなふうに簡単に解決するはずなのに。