ステートメント  線の可能性 Possibility of Lines

ここ数年、毎日「ノート」を書いている。
日記でもスケッチブックでもない、自分自身のために書く、誰にも見せないノート。
日常的な断片を描いている。
習慣化したエクササイズでもあり、瞑想のためでもある。
私にとっては、drawingもwritingも同じ線によって作られる行為。
これらの作品は、こうしたパーソナルなものをパブリックな場に置いたものである。

一瞬一瞬に頭の中を去来するものを、ただちに線として定着させたい。
構図やモチーフを決めずに突然描きはじめる。
描くとそこから連想していくときもあれば、飛躍するときもある。
流れるままに描き、途中で止まったらそのままにして、新たにまた描きはじめる。
よけいなノイズが聞こえはじめたら、やめる。

ペン先に没入することを考えた。身体ごと入っていく。
高揚、沈静、愉悦、虚脱、逡巡、安堵、思いきりのよさ、ぎこちなさ、リズミカルなこと、
同じ形をなぞること、くり返し、つながり、とぎれ。
自分のサイズがどんどん小さくなって、豆つぶになった私がペンの先にいて、
ペンの動きにくっついて走っているように感じるときがある。
この小さい私が先導することもある。
ただいつも目的地はわからない。

2014/01                               原口比奈子

 

 

3331アンデパンダン2013 スカラシップ和多利浩一賞受賞 2013/10
■選評 

今回私が選んだのは、原口比奈子の「線の可能性」です。講評会の対象作品ではなかったので、直接アーティスト自身には会って話すことができなかったのですが、何かずっと気になる作品として頭の中に引っかかりました。小さめの板に鉛筆で描かれたドローイング作品ですが、そこにはさまざまなエレメントが散らばっていて、海の中を覗いて、小さな魚、大きな魚、深海魚、プランクトンまでいるような錯覚に陥りました。単純にもっと大きな面で作品を見たい。というのが選んだ理由です。大海を見せてくれるのか、リアルサイズの池にとどまるかは原口さん次第ですね。楽しみにしてます。  [和多利浩一(ワタリウム美術館CEO/キュレーター)]

I did not have a chance to meet the artist and talk to her directly, but her work somehow captured my mind and attracted me to it. Although it was a pencil drawing on a piece of small wood,there were various elements scattered on it. The drawing was as if looking deep into the sea and seeing small fish, large fish, deep-see fish and even plankton. I chose this work simply because I wanted to see it on a greater scale. Whather it will be an ocean or a pond depends on the artist. I look forward to it.
[Koichi Watari (CEO of WatariumMuseum of Contemporary Art/Curator)]

(3331千代田芸術祭2013より転載 転載元:http://fes.3331.jp/2013/prize/index1.html)