2018/08/31

自主的缶詰生活 for TOEIC

夏は普段できないことをやろうと集中的に英語の勉強をしていた。

2年前に北海道で滞在制作した折利用した作家専用のレジデンス施設は、海外の作家も多く滞在していて、さながら外国の学生寮。簡単な挨拶しかできなかったから、もっとお互いの制作について深く話したりできたらとも、次は海外のアーティスト・イン・レジデンスに行ってみたいとも思った。

海外派遣の審査で必要なのはやはりTOEICだと、この夏は久しぶりに受験生のように勉強をしていた。結果発表があり目標の700点越え。予想以上の出来に満足、この調子で次は800点を目指そう!

勉強の息抜きにアメリカ横断の旅の映像を見たら、今までアメリカにはあまり興味がなかったのに、急に行ってみたくなってきた。グランドキャニオンいいなあ、地球じゃないみたい。

アメリカで大人気の観光スポット☆ グランド・キャニオンで過ごす朝!〔#657〕【🇺🇸横断の旅 58】バイリンガール英会話 | Bilingirl Chika

☆アナログハイパーリンクな読書

TOEIC→『水曜どうでしょう第15弾 アメリカ合衆国横断』(HTB 北海道テレビ)→『チャンネルはそのまま!』(佐々木倫子作)→『人生で一度はやってみたいアメリカ横断の旅 バイリンガールちかの旅ログ』(吉田ちか著)

「水曜どうでしょう」番組の前枠・後枠に映る公園。あれ、この植生、なんか見覚えある、と思ったら、撮影場所は、私が2016年に滞在したレジデンス施設のすぐ隣りらしい。懐かしくてまた札幌に行きたくなった。

つまり『チャンネルはそのまま!』のモデルになったテレビ局があんなにそばにあったということだ。とはいえ、onちゃんとは決定的に違うような気が、、、。だって、ホシイさんは「中の人はいない!」だもの。

北海道のAIRについてはこちら

札幌AIR報告 (0)目次

2018/07/14

芸術鑑賞レッスン いわさきちひろとの出会い「ちひろの技法で絵を描こう」

主宰する絵画教室で、今度いわさきちひろの美術展を観に行くので、その事前レッスンを実施しました。

まず画集でちひろの絵を鑑賞。ちひろはね、書道も習ってたんだよ、それで絵の描き方に書道の方法を持ちこんだんだ。

にじみ効果のあるたらしこみの方法を解説する。

ほら この絵のここのところ見て!この方法を使って描いてるよ。みんなもおんなじようにやってみよう。

きれいなのができた! あまりたくさんの色を使わないのがコツだよ。それと紙を動かしすぎちゃうと混ざって1色になっちゃうよ。

だいたいわかったら、次は女の子の髪の毛を同じ技法で描いてみようか。ちひろは子どもの絵を9000枚以上描いたよ。

それで私が描いた絵。にじんでいい感じだ。

教室では私も一緒に描いてる。これがお手本っていうんじゃなくて、ただ一緒に描く。髪の毛が乾いたら赤い髪飾りも描くんだーとか言いながら、そんなふうに楽しんでいるのを見せるのも指導だと思って。

次回は、海の絵を描こうかな。

ちひろについて私が明確に自分で選んだと思うのは、『赤い蝋燭と人魚』だ。それと『絵のない絵本』。思い出すだけで胸が締め付けられる。

その後、大人になって読んだ「靴を買ってあげましょうか」と言った話しは、まさに恋に落ちる瞬間、映画に出てきてもいいぐらいいいセリフだなあと思う。たまにつぶやく。ベタな表現だけど、キュンとする。

☆アナログハイパーリンクな読書 いわさきちひろ →『赤い蝋燭と人魚』小川未明 『絵のない絵本』アンデルセン

2018/06/17

だるまちゃんだった

アトリエの門の前にヤツデが植わっていて、わたしはいつもそれを見るとだるまちゃんのことを思い出す。てんぐちゃんみたいなうちわがほしいよう。

(だるまちゃんは)まだ幼い子どもですから、てんぐちゃんが持っているものがうらやましくてしかたがない。家に帰ると、お父さんのだるまどんに「あれが欲しい」とねだります。(かこさとし『未来のだるまちゃんへ』)

 

ちいさいだるまちゃんは なきそうになって
おこっていいました。
「ちがうよ ちがうよ まるでちがうよ」
(かこさとし『だるまちゃんとてんぐちゃん』)

鼻を花と間違えたお父さんに向かって、目を三角にして鼻の先にげんこつを2つ重ねて抗議するだるまちゃん。「ぜっんぜんワカッテナイ!」というポーズ。

子ども時代ってそうだった。あまりにも怒ると泣いちゃうよな、親が自分をわかってくれないと思うよな、おねえちゃんと同じものがほしくて「自分も!」って思うよな。昔は、だるまちゃんの視点で読んでいた。だるまちゃんは実際、かこさんが接してきた多くの子どもたちがモデルだそうだ。

でも、わたしはもう大人になった。

だるまちゃんが可愛くて仕方がないお父さんのだるまどんは、(略)
(かこさとし『未来のだるまちゃんへ』)

家じゅうの赤い花を集めてくれただるまどんの気持ちもわかるようになった。だるまどんを通して、両親や祖父母が自分のことを可愛くて仕方なかったという事実を知る。

あんなにトンチンカンだっただるまどんが、最後は大活躍してお餅で鼻を作ってくれるのもいいなと思う。最後は親が自分のことをわかってくれる、という安心を子どもに与える。何度も同じシーンが繰り返されるように見えて、ちゃんと構成されていることに気づく。

そういえば小学生のとき、学校に持っていくヤマト糊がないと泣きながら言ったら母は朝、米から糊を煮てくれた。小さなせっけん入れに入れて持っていったら担任の先生は何も言わなかった。「いい糊だね」と思ったのかもしれない。

それにしてもだるまちゃんはえらいなあ、ないなら自分で作ろうと考えるとこ。子ども時代ってわたしもそうだったろうか、もう忘れてしまった。

☆アナログハイパーリンクな読書
かこさとしさん逝去→かこさとし『未来のだるまちゃんへ』→『だるまちゃんとてんぐちゃん』

2018/06/10

久しぶりに「見ると見られる」

アートコレクターが経営するバーに、キュレータ、作家、研究者と行ってきた。店内のそこここにコレクションがうず高く積み上がり、そこの山の3冊下にアレがあるから、と言われて、これかな?あ、あった、あった!と宝探しの気分。

珍しいソノシートの音も聞かせてもらった。ペラペラのビニールなのに、ちゃんと音が出るのが不思議。よおく見ると溝が彫ってある。レコードプレイヤーの他にも古いものがたくさんあって、タイムスリップしたよう。

帰り際にサイン帳にサインをした。その様子をあとで写真でもらった。

えっ、わたし、作家っぽい!

一瞬そう思ったが、っぽいってなんだ、作家じゃないか。なんでそんなふうに思ったんだ?

店内を「見る」側だったのに、わたしも「見られる」対象だったことに、ほのかな驚きを感じた。わたしはいつもこんなふうに外界に身をさらして「見られて」いる。このテーマは2016~2017年に制作の中心だったのに、見ることに夢中でそのことをあの時間、忘れていた。

わたしは世界にどのような存在として理解されようとしているのか。ドローイングを描いたから美術作家だろうか、小説をお土産にもってきたから小説家だろうか、どちらも芸術活動の一環という立場でよいのか、迷いがあるか、そんなことが急に頭の中に出現して、動揺のあまり以前のサインを書いてしまった。


©Tooru Tsuji 島田コレクション「小柳」店内でサインする様子

『Polystyle CD』(上野耕路アンサンブル)所収「ジス・プラネット・イズ・アース!」のソノシート。スリル映画のようなゲームBGMのような不思議な音楽。持つ手が透けて見えるほど薄いシート状なのがわかる。レコードプレイヤーで針を置く感覚は小学生以来だった。

☆アナログハイパーリンクな読書 「小柳」→上野耕路

2018/05/21

溢れる

私は汗っかきで、夏には大汗をかいて水を飲むそばからその同じ量だけ汗が出る。次の汗がパイプの中で待機していて、ピンポンが押し出されて出てくるように。

いい本を読むと 私の中に言葉が溢れてくる。でもそれをノートに書こうとすると、流れが止まってしまって書けないのがもどかしい。生まれた言葉を書き止めておきたいのに。

2018/05/20

友人の書家が書道教室を始めるので、プロモーション用写真の生徒役のモデルを務めました。

中国製だという半紙に書く。筆の感じも墨の匂いも久しぶり。

自分の名前の他に、石川九楊『一日一書』から、元日の「旦」を選んだ。

絵画教室で、墨を使った絵もやってみたいものだ。

会場は下地ボードのままの壁とコンクリートの床が以前のアトリエにそっくりで、いろいろこれからだという友人の様子も合わせ、自分がアトリエを始めた頃を思い出した。あのアトリエがもうないのだと思うとかすかに胸が痛んだ。

☆アナログハイパーリンクな読書

石川九楊『選りぬき一日一書』、『一日一書02』『一日一書03』

毎日一字、画像と解説を連載したエッセイ。

2018/05/20

染み渡る栄養のようなもの

それでもちゃんと思うことはある。

子どものための文はとてもいい文だなということ。

福音館の松居直さんの言葉。

あっという間に描かれたように見えますが、バートンさんは、ちゃんと考えてくださいました。

『せいめいのれきし』が岩波書店で出版された頃、福音館書店が刊行した翻訳絵本は、まだ数点でした。『せいめいのれきし』を手にとった時、なんとかしてこのような仕事をやりたいと思ったのです。

一つ一つ選ばれて丁寧に置かれているすべすべした石のよう。

ちひろ美術館でも思った。

『おやゆびひめ』を読みながら、最初は批判的な目、一方的でない見かたで読んでいたのだけど、だんだん文章の美しさに沈んでいき、もぐらと結婚するからおひさまにさよならを言うシーンでは泣きそうになった。

じわわわー とした湿潤なものを体の内に感じる。

ちひろ美術館東京にて

☆アナログハイパーリンクな読書

バートン→松居直

いわさきちひろ→立原えりか

2018/05/17

「ぼくの手」原稿

火山のふもとの小さい家。
少年が庭先で絵を描いていると、突然目の前の山が揺れ始める。
「噴火だ!」
少年は絵の具をバッグに放り込み、家の中に駆け込む。
出てきたときには背中に母親を乗せている。走り出す。
母親は負ぶわれながら背後の山を見上げる。
「お山のてっぺんが燃えているよ」
ドーンという大きな音がして地面がぐらりと揺れる。
少年はバランスをくずし地面に手をつく。
「お母さん、しっかりつかまって!」
少年はわき目もふらず走っていく。

二人の背後にドロドロに溶けたマグマが勢いよく迫ってくる。
もう少しで少年の足元に届きそうだ。
少年は地面を蹴り上げ跳躍する。溶岩がはじける、火の粉が舞う。
「ちゃんとつかまって!」
赤く猛るマグマは生き物のように二人を飲み込もうと大きな口を開けている。
マグマの手が少年の足をつかみかける。
母親は目をぎゅっとつぶる。
少年はまた強く地面を蹴る。足音が消える。
母親はつぶっていた目をそろりと開ける。
目の前に、少年の肩と、肩から生えた白い羽根と、その向こうには空が広がっている。
「あれえ、お前、空を飛んでいるよ!」
少年の手が羽根になって、羽ばたいている。
少年は母親のほうを振り向いて笑う。

眼下は一面火の海だ。
赤く焼けた石が降る中、少年と母親は空を飛んでいく。さらに高く高く昇っていく。
やがて、白い雲の上に出る。
雲海のかなたに一つだけ塔のようにとがった山の頂が見える。いくつも明かりが見える。

○1日目
薄暗い教会の中では、大勢のけがをした人々が毛布にくるまっている。
町の人がスープを配っている。
目を閉じて横たわる少年の隣りに母親が座っている。
母親は少年の口元にスプーンをあてがう。スープを流し入れる。のどが上下に動く。
二人の顔は煤で黒く汚れ、ところどころ血がついている。服は火の粉で焦げ破れている。

○1週間後
少年と母親は頭に包帯を巻いている。
母親は避難者にスープを配る手伝いをしている。
「さあ、お食事ですよ、まずは体をあたためましょう」
少年は小さい子どもたちを羽根先でなでて寝かしつけている。

○1か月後
少年と母親はこざっぱりとした格好をして、包帯はもうしていない。
二人は町の人と立ち話をして小さく笑いあっている。
もう一方の隅で、少年を指さして噂話をする人がいる。
「見てごらんよ、薄気味悪いねえ、アレは何かい、何かの呪いなのかい?
羽根をむしったら人間の手が出てくるか、はたまたただの鶏肉かね」
「シー、やめなよ、あんたも呪われるよ」
恐怖の目をして子どもを自分のほうへ引き寄せる女がいる。
少年は、羽根を背中のほうへ固くたたんで、隠そうとする。

○2か月後
「お母さん、町はずれに小さい家を見つけたんだ、二人で暮らそう」

○3か月後
母親は家の前で鍬をふるっている。
少年は、背中に羽根をたたんだまま、肩で不器用に手押し車を押している。
車ごと地面に転倒する。

○半年後
家の前の畑には青々とした野菜が育っている。
少年は青い顔でうつむき、羽根になった手を見つめている。
「ぼくの手。絵を描いてみんなを喜ばせていたぼくの手。
でも絵を描いても噴火を止めることはできなかった。今はその手さえぼくは失ってしまった。
助けてもらったお礼に絵を描こうにも、筆が握れない。絵描きになる夢も絶たれた。
ただ生きていくだけの人生に何の意味があるだろう。
僕とお母さんを救ってくれたこの羽根、今ではただの役立たずだ」
少年は羽根になった手を柱に打ちつける。絵の具を地面に投げつける。
母親は物陰からそれを見ている。

翌朝、二人でごはんを食べていると母親は言う「お前、その羽根だけどね、それで絵を描いたらどうだろう。
いやいや、今までのような方法じゃないんだよ。その羽根の先に絵の具をつけてね、家の壁に直接描くんだよ」
少年は「え」と顔を上げる。
「具体的なやり方は私にはわからないよ、それはお前が工夫したらいい。
お前が呪われているはずがない。どころか、こんなにきれいな白い羽根だ、きっと祝福だろうよ。
いっそ天使様の絵はどうだろう。家の壁全体に描いておくれ」
少年の頬に徐々に赤みがさしていく。

○1年後
教会の塔の前に少年が立ち、絵の具がついた羽根を大きく広げている。
羽根が撫でるとたちまち絵が描かれていく。
教会前の広場に集まった町の人々は塔を指さして話している。
「なんとありがたいことだ、天使様が天使様をお描きになっている!」


『早稲田現代文芸研究08』( 2018年3月15日発行 編集発行 早稲田文芸・ジャーナリズム学会)

「第八回多和田葉子&高瀬アキワークショップ報告」(松永美穂教授 著)中、WS参加者の作品として掲載された。


ワークショップ「言葉と音楽 Vol.8」 2017年11月14日(火)16:30~18:30 早稲田大学小野記念講堂にて

多和田葉子と高瀬アキによるワークショップに参加

(c)早稲田大学文化推進部

2018/05/16

絵本から遠く離れて

偶然バージニア・リー・バートンの展覧会を見かけて次の約束も放して入った。

でも、さほど興奮もしていない自分にがっかりもした。夢中になって読んでいた絵本の原画だというのに。私は昔たしかにここにいた。なのに、ずいぶん離れてしまった。

それでも版画っていいよなあと思う心はあった。やりたいけど、時間がかかるからなあ、私はパパッとできるほうがいいから。でもずっと憧れはある。カードはみんな素敵。

ダイナソーの絵はいいな。こんな絵いいなと思う。のびのびしてていいな。絵を描いて、こんなふうなことを思うようになったと思う。

☆アナログハイパーリンクな読書 バージニア・リー・バートン『ちいさいおうち』 『せいめいのれきし』→原画が良かったので読んでみたくなった本『じょせつしゃケイティ』

2018/05/04

読書の楽しみ

須賀さんが多和田さんの作品について話しているので『須賀敦子全集 別巻 』所収『犬婿入り』須賀敦子と三浦雅士との対談も読む。

パッとページを開いたら池澤夏樹との対談のページだった。

高畑勲さんが亡くなりそういえばまだ観てなかったと『レッドタートル ある島の物語』を観た。池澤夏樹が解説を書いている。

まあこういうことがあると、わたしは嬉しいと感じるということなんだ。

☆アナログハイパーリンクな読書

多和田葉子→須賀敦子→池澤夏樹←高畑勲