2019/09/06

プロデューサー目線でブラッドベリを読む

7月、ショーン・タンが「あなたの好きな本は?」という質問に、レイ・ブラッドベリを挙げていた。会場は全員、大きくうなづいていた。私も訳知り顔にうなづいてみた。でも読んだことはなかった。

同じく7月、村上春樹が子ども時代の心の傷についてトリュフォー監督について書いていたので、本当は『大人は判ってくれない』が観たかったのだけど、手に入らなかったので、代わりに『華氏451』を観ることにしたが、この原作がブラッドベリだとわかった。

8月、『ポーの一族』展を観にいく。萩尾望都がブラッドベリ原作の作品を描いていることを知る。

そういえば昔シナリオの勉強をしていたころ、「ブラッドベリを未読だという人に対して人生を損していると思っていたが、最近は違う、「あなたがうらやましい、初めてブラッドベリを読む喜びを持っているのだから」と思うようになった」というようなことを書いていた人がいた。

今こそ、かもしれない、という経緯で読んだ『火星年代記』。

その水晶の柱の家は、火星の空虚な海のほとりにあり、毎朝、K夫人は、水晶の壁に実る金色の果物をたべ、ひと握りの磁力砂で家の掃除をする。
(ブラッドベリ『火星年代記』)

夜の明け方、水晶の柱のあいだからさしこんできた日の光が、睡眠中のイラを支えていた霧を溶かした。イラが身を横たえると壁から霧が湧き出て、やわらかい敷物となり、その敷物にもちあげられて、イラは一晩中床の上に浮いていたのだった。(略)今、霧は溶け始め、やがてイラの体は目覚めの岸に下りた。
(ブラッドベリ『火星年代記』)

「さあ、スカーフをして」夫はガラス壜を手渡した。(略)ガラス壜から流れ出た液体が、青い霧に変化し、ふるえながら夫人の顎にまつわった。
(ブラッドベリ『火星年代記』)

これは、宮崎駿に作ってほしい。行動一つ一つが丹念に描かれるのを見たい。きっと優美な動きをするに違いない。水晶の柱の家ってどういうのかしら。

それは翡翠色の昆虫に似た機械で、祈っているカマキリのようなかたちをしていた。冷たい空気をかきわけて、精巧に走ってきた。その体には無数の緑色のダイヤモンドがきらめき、複眼のように輝く赤い宝石がついている。六本の足は古代の街道を走るとき、俄か雨のような音を立てるのだった。その機械の背から、つやのある金色の目をした一人の火星人が、まるで井戸をのぞきこむようにトマスを見下ろした。
(ブラッドベリ『火星年代記』)

これはショーン・タンに。火星人と地球人が出会って不条理な出来事が起こり、やがて別れるのは、彼にピッタリのモチーフ。地球人は『ロスト・シング』の「彼」に登場いただき、火星人に会う。金色の目、と書かれているだけの火星人はどういう顔をしていて、緑の機械はどういうものになるのか、考えるだけでワクワクする。

 

地球にひとり生き残った男が他に誰かいないかと方々電話をしまくり、やっと一人の女を見つけて有頂天に、だが、実際に会ってみるとそれが醜女で、最後は彼は逃げ出す、という短編は、アードマンに作ってほしいけど、このままだと不愉快な話。女性は最初は美しいけど、ふと見ると顔面がドローっと溶けて、という別の短編を融合したら納得する話になりそう。ウォレスはすぐコロッといっちゃう男だから、最初は花なんか贈ってメロメロなんだけど、ホラーチックにして、最後はグルミットと一緒なら幸せさ、なんていう結末に。

 

「200年後、火星の少年が親に隠れながらベッドでこっそり僕の本を読む」と言うブラッドベリは幸福な作家だと思う。火星が、ブラッドベリの目には明らかに見えているのだと思う。

https://book.asahi.com/article/11642917 書評「火星で僕の本が読まれるだろう」川端裕人

 

ショーン・タン、宮崎駿、アードマンという制作者に依頼したい、というプロデューサー目線で読んだが、トコロデ「アナタは作家である。自分自身に依頼したいと思わないのか」といえば、正直言うと、わたしにはまったく火星が見えないのだ。ブラッドベリの書く情景はもちろん見える。読書とはそういうことだ。だけど、それをもっと拡張させて、こういう世界だ、ここには描かれていないがこういうこともあるのではないか、つまり「ある」ようには考えられない。

それで、わたしは、ああいった作品を作っているのだと思う。つまり、何かできごとに接し思ったことを書く、という随筆的な作品を。文字通り鴨長明。

 

☆アナログハイパーリンクな読書
ショーン・タン スカイプトーク@日本女子大、萩尾望都→レイ・ブラッドベリ作 小笠原豊樹訳『火星年代記(新版)』←トリュフォー『華氏451』←村上春樹「猫を棄てる」

2019/09/01

ナイトプール行ってきたー♪

周りは暗くて、背泳でプカプカ浮かんでいると、夜空しか見えない。

青い人工的な光と、水中のくぐもった音。

この感じ、なんだろう。ほかにはない気持ちの良さ。

宇宙ってこんな感じかなと思う。

オープンすぐは誰もいなくて、辺りもまだ明るくて、飛び込み台もないから、けのびした姿がデビッド・ホックニーの絵みたい!とか、

もぐっている人を上から見下ろすと、21世紀美術館の常設作品みたい!とか

光るボールをさわるとチームラボみたいに色が、、、あ、変わらないね、とか

考えることが美術作家っぽくなってきたなと自分で思う。

 

「採暖室」という名前のサウナがあって、室内にはクラシックが流れ、目の前には素通しの全面ガラスごしに、屋内プールの青い水がゆらゆらしている。たまに上手なスイマーがバタフライで通ってターンしていく。

エンドレスな感じ、このサウナ、最高!

目の前がガラスになっていると、狭い部屋に押し込められた感じがない、他のサウナでもこうすればいいのに、と思ったが、考えてみると、サウナ室の一辺をガラス張りにしたところで、見えるのはみんなの裸。ごしごし体を洗ったり、暑さでふへぇえとなっている顔。見られるのも見るのもちょっとな。断熱の効率性の問題かと思ったが、だからか、他のサウナでこうなってないのは!

2019/08/29

文学と建築で目を喜ばせる軽井沢旅行2/4

石の教会・内村鑑三教会は、中軽井沢駅から徒歩20分、星野エリアにある。上り坂なのでもう少しかかるような感じがする。途中でハルタでパンを買ってかじりながら、のぼっていく。(ハルタのパン絶品!)

壁に石が積まれた迷路のような道は中世のアッシジの町のようでもあり、またもっと原初的な信仰の姿のようでもあった。

石の道を行くと森の中に入っていく。その奥に大きな石の何かがうずくまっている。

あれか? 大きいっ!

全貌が見えない。太古の時代からあったような不思議な存在感。ナウシカが王蟲の抜け殻を見つけるシーンそのままだ。つまり、ダンゴムシのような構造をしているのだと思う。

教会内に入る。地下の内村鑑三記念館から入ったせいか、中はひんやりと暗い。階段室は天井からの光が落ちてきている。光が壁に沿う。アーチ形の石とガラスが交互に重なる、そのガラスから光が差し込む、その光に導かれるように礼拝堂に入っていく。教会にふさわしい設計。

礼拝堂は光に向かって開かれている。堂内には涼しげな水音がして、ふと見ると水が壁に沿って落ちている。蔦が植えてあり、祈祷のための椅子はなめらかな木でできている。明るく快適な場所。

 

教会へ向かう道

石のアーチが重なりあって建てられている。大地と一体となったデザイン。

石の間のガラスから光が落ちてくる。

礼拝堂の入り口。堂内は撮影禁止。

すてきなデザインのドアノブ。様々な素材の手触りが楽しめる設計。石、ガラス、木、水。

礼拝堂内は、これと同じようなデザインの祈祷のためのベンチがしつらえてある。すべすべで、撫でると本当に気持ちがいい。

2019/08/29

文学と建築で目を喜ばせる軽井沢旅行1/4

夏は軽井沢へ、母の知人が出演するというので加賀乙彦作品の朗読を聞きに行った。『永遠の都』、夏にふさわしい作品だった。陸軍幼年学校に通っていた主人公は、市井の人々は、終戦日前後をどう受け止め、どうすごしたか、当時の感じが浮かび上がってきた。

加賀乙彦さんとの集合写真に私も混ざっています。わーお!『死刑囚の記録』、高校生の時に読みました!とはとても言えなかった。後列中央は朗読をした女優の矢代朝子さん。朗読は解釈であると言っていたのが印象的だった。

会場は、フランス文学者、朝吹登美子の別荘「睡鳩荘」。ヴォーリズ設計。別の場所にあったものをタリアセン内の塩沢湖畔に移築された。テラスに座って湖をながめるこの配置はもともとここに建ってたかのようにぴったり。

軽井沢では秋や春も暖炉を焚くこともあるという。暖炉がしっかり作られている設計。白い大きな煙突が2つ。

暖炉の上のハンティング・トロフィーは水牛だろうか。これが外から見た大きな煙突のほうの暖炉。朗読はリビングでおこなわれた。40人満員。

リビングにさりげなくバルビエの作品が架けられていた。はわわ。さすがフランス文学者。バルビエの作品は一瞬でそうだとわかる、吸い寄せられる、個性的で、特有のにおいを発している。作家として大事なことだ。

ポット!ポット!ポット!(私はポットが好きだ。とくにこんなデザインのポットは!ほしいほしいほしい。)

池側から睡鳩荘に近づいてみた。ぐいぐい進むと次々に見せる姿を変える様子が面白い。あれ、この光景はなんだか見覚えがある、そうだ『思い出のマーニ―』だ、と思った。

アメンボボートに乗る。ペダルをこぐと湖面をぐいぐい進む。鴨が人間なんてへーだ、と我が物顔で泳いでいる。羽根が青くて美しい。夏は楽しい。

☆アナログハイパーリンクな読書

母→矢代朝子→軽井沢演劇部朗読会「加賀乙彦を読む『永遠の都』」→加賀乙彦『永遠の都』→朝吹登水子

2019/08/26

作品ができるまでがまだ半分 ヒーーー!

independentTOKYO出展に際し。

設営は限られた時間内で終了しなければならない。何があるかわからない。心配性の私には、設営は実に大きなハードルだ。

なるべく現場でやることは少なくして、前日までにできることはやってしまう。けがと作品汚損に気をつけ、また汚損した場合にも備えて、なんてやっていると、実に多くのことを想定しなければならない。万が一にも備えてシミュレーションをおこない作業工程をまとめ工具道具をそろえる。作品ができあがってもやるべきことは意外にたくさんある。

そんなことは十分わかっていたのに、やはり現場では思わぬことが起きた。それも3つも!

1つ、電動ドライバーの電源が入らない!

どうしても入らない。一瞬入ってもキュウウンと切れてしまう。古いからバッテリー寿命だったのか? 昨日は入ったのにぃ! キィイイィイ! こうなったら手動でやるしかない。壁が厚いと力が要る。薄いと荷重に耐えられない。骨の位置は現場でトントンと叩いてみるしかない。壁厚のベニヤ板の厚さは正確には判らないから、あとはカン。「わたし落ち着け、わたし落ち着け」とブツブツ言いながら、ぎゅーぎゅー木ねじをねじ込んだ。焦るから変な汗が出てくる。手が痛い。

それで家に帰ったら、どういうわけか電源が入った。接触の問題? それにしたって何度もトライしたのに。

そして2つ目、HPの略歴のページがいつのまにか全部消えている!

3つ目、あせって夜中作り直していたら、部屋の電灯が急に切れた!

電気関係がすべてトラブルに見舞われた会期前日だった。一体なんだったんだ。

空調の風で作品が浮き上がってしまうので、急遽現場でクリップの取り付け方を思いつき、それでやることにする。予備のクリップ、予備の木ねじが役に立った。これは見た目がスマートで、上部の吊り下げもこちらのほうがよさそうと発見がある。知人の作家にもこれはいいね、と褒められる、作家ならではの視点だなと思う。作品をどう見せるかも作家の仕事。

現場のとっさの対応力はわたしが最も不得意な分野。結果オーライで済んで本当にほっとした。

作業工程表と寸法図を貼って作業する。こういうことにも慣れてきたなと思う。

2019/08/21

打ち上げ

展示が無事お開きになった打ち上げをアトリエで。

ずっと準備ばかりで夏休みはなかったので、ささやかに線香花火大会とした。

庭のシロバナヤブランとセミの抜け殻。夏も終わりだな。

2019/08/21

independent TOKYOに出展しました

150人以上の作家が出展するアートイベントに出展しました。

名称:independent TOKYO
会期:2019/8/17(土)10~19時、8/18(日)10~18時
場所:浅草橋ヒューリックホール
入場料:500円
主催:株式会社タグボート

撮影 花輪奈穂

【出展作品】
≪KONAHI coffee≫ 1500×970mm 2019
和紙、コナコーヒー、インク
≪KONAHI coffee≫ φ125mm 2019
和紙、コナコーヒー、インク、スチロール、ノリ、塗料

【制作意図】
脳裏に浮かぶ思考が発展し、脱線し、枝分かれし、浮かんでは消える
「かつ消えかつ結ぶ」様子を映したものです。
タイトルは、ハワイコナコーヒーの染みと作家の名前「ヒナコ」が
アナグラムになっています。

 


久しぶりの展示で緊張しながら搬入に行くと、すでにたくさんの作家が設営中。すでに熱気があふれている。あちこちで響くガンガンという工具の音を聞いていると、あ、これこれ、と思う。サケの遡上のように、わたしもその「ぐわぁあん!」の中に溶け込んでいく。

私は新作を出展したので会期前はかなり緊張していたが、始まってしまえばうれしい出会いもあり、充実していた。来場者に作品解説したり、出展作家と新しく知遇を得たり、知人と偶然会って再会を約束したり、と実り多い二日間だった。ゲスト審査員のギャラリストお二人から推奨を頂き、ご縁ができたこともうれしい。

 

ほとんどの作家がインスタをやっている印象だった。また、新しい技術を駆使した手法も多く見られた。自分のドローイングをAR技術を使って描く新しい展開もありそうだと思った。

 


2019/08/14

脳裏には、思考が脱線し、枝分かれして、浮かんでいる

ショーン・タンを訳している岸本佐知子が翻訳した『中二階』は、男がエスカレータに乗り中二階に立つまでのほんの短い時間に彼の頭に浮かんだ事柄だけを微細に描いて一冊の本にした小説。この概要を見ただけで、これは今わたしに何かを与えてくれる本かもしれないと確信があった。

与えてくれる、というのは正確ではない、自分の考えを明確にしたり強化したり再確認したりする一助になりそうだいうことだ。

この作品が世に出た当時のアメリカ文学の傾向をうんと大雑把に一言で言い表すなら、それは“大きい物語”と“小さい物語”の二極化、ということだった。(略)ところがベイカーの『中二階』が差し出したのは、その“大きいー小さい”をのレベルを超越し、“極小(ナノ)文学”とでも呼びたいような、新しいスケールの小説世界だった。そしてそこには、いままでどんな小説も表現しえなかったような、全く新しい種類の美があったのだ。
(『中二階』訳者あとがき)

「極小(ナノ)文学」というのはいい表現だな。

一つのことを語る過程で思考は枝分かれし、増殖し、脱線に脱線を重ね、ついには膨大な量の注となって本文をおびやかす。
(『中二階』訳者あとがき)

そうなんだ、わたしも制作していてそのことに強く意識する。その状態への発見もあった。そして、理路整然とした目的のある文章にはない種類の表現が、そこにはある。

一方、語り手についてはほとんど明かされず、たぶんにnerdの傾向が、と岸本は書いている。このところ、nerdっぽい作品のことばかりわたしは気にしている。

☆アナログハイパーリンクな読書
ショーン・タン→岸本佐知子→『中二階』ニコルソン・ベイカー著 岸本佐知子訳

2019/08/13

コーネルは元祖引きこもりではなかったのか

『ジョゼフ・コーネル — 箱の中のユートピア 』を読むと、コーネルは元祖引きこもりだと思う。うつむいて爪を噛んでいる子どものまま大人になった、そういう美術家像だ。道に捨てられた小っちゃいものをコチャコチャと集め、骨董屋や古書店に通い、自室であこがれの女優のブロマイドを切ったり貼ったり。ギャラリーで作品が売れそうになると手放したくなくなって値を上げたいと言ってみたり、美術館での個展でもまるで自分のじゃないような風に会期半ばにふらりと行くだけだったり。

その気持ちワカルと思った。親近感を持っていた。

だが、川村美術館の展示(2019)を観ると、どうもそうでもなさそうだ。

パトロンや美術家と手紙のやり取りを頻繁にしている。デュシャンやマッタへの手紙が展示されていた。(マッタの返信は色鉛筆で一文字ごとに色を変えて「M A T T A」とサインを描いていて、小学生の女の子の手紙みたいでかわいい!日常的にそういうことをやっていた人なんだと思われる。)

いや、でも、引きこもりながら手紙をやり取りするタイプはいるからとは思ったが、映像作品を作るのにカメラマンに依頼している。外での撮影では数人とやり取りをしたり指示をしたりしているはずだ。え、人付き合いが苦手で家族としか付きあわない人じゃなかったのか?

これまで思ってきたコーネルの人物像が変わった展示だった。

 

☆アナログハイパーリンクな読書
草間彌生個展(国立新美術館)→草間彌生自伝→『ジョゼフ・コーネル — 箱の中のユートピア 』デボラ ソロモン (著), 林 寿美 、太田 泰人 、 近藤 学 (翻訳)→企画展「ジョゼフ・コーネル コラージュ&モンタージュ」@川村美術館

2019/08/11

シルクスクリーンで作ったサコッシュ かわいい!かわいい!かわいい!

紺色のサコッシュにシルバーのインクで印刷したもの。

 

版画に以前からすっごく興味があって、やってみたくてしょうがない。でも、たいてい時間がかかる。

それが、シルクスクリーンのWSを見つけて一も二もなく申し込んだ。数時間でできるんだって! 絶対にやる!

描いたまんまに印刷できて、うれしい! かわいい!

「こんなバッグがあったら私、買っちゃうのになー」と内心考えていると、お隣りさんにもかわいいと言われる。うきうきしてしまう。

自分自身でいいなーと思う作品ができるのももちろんだけど、誰かに喜ばれるのは本当にうれしいなあ。

これは本人ですか?と聞かれたので、これはメガネじゃないんだけどなと思いながら、髪形を変えればすぐ似顔絵になるよと言って、お隣りさんの髪形でササっと描いてみせた。お花もつけたらもっとかわいい。ほらね。

そうだった、わたしはもともとかわいいものが好きだった。

今度外で使って見せびらかそう。

 


デザインを描く。これは前夜、アイデアスケッチしたもの。

上からお隣りさん、おかっぱ、マッシュルームカット。2筆書きで描く。

デザインを決めて、PCに取り込んで、プリントゴッコのプロ仕様の機械で版のシートを作る。型にはめてぴんと張る。

インクを置いて、

スキージーでギューッとインクを押し込む。

そっと上げて―ドライヤーで乾かしてー

できあがり!

昔、プリントゴッコってすごい機械だよなー、もうないんだよなーと思っていた。「ゴッコプロ」として、こんなことになっていたとは!