ARTWORKS

■「アートを借りる展。」vol.3(東京)2016

名称:「アートを借りる展。」vol.3
会期:2016/12/18(日)~12/25(日)※12/19(月)休館
場所:T-Art Gallery 東京都品川区東品川2-6-10
出展作家:浅間 明日美、新井 碧、伊勢 琴子、川辺 史子、古賀 勇人、原口比奈子、 picnic、Yumi Kondo、Reiko Kamiyama
主催:ART STAND 株式会社
撮影:中川達彦
作品解説はコチラ http://hinakoharaguchi.com/archives/4270

■個展「原口比奈子 視る私と視られる私」(札幌)2016

名称:「原口比奈子 視る私と視られる私」六花ファイル第6期収録作家作品展
会期:2015/10/01~2016/09/30
場所:六花亭福住店/2階喫茶室 北海道札幌市豊平区福住2条5丁目1
主催:六花亭製菓株式会社
撮影:小牧寿里

三面鏡に自分を映すと、いつも見慣れた私とはちょっと違う顔が見えます。
これが他人が見ている本当の私なんだ!
子どものころに知った大きな驚きでした。

自分のことを深く知りたいのに、自分以外の他人ばかり見ている。
自分の目では自分自身を見ることができない。
どうにかして見ようとして、鏡や写真で自分の姿を想像するのかもしれません。
だけど鏡で自分を見るとき映った瞬間にありたい姿に変える、
私の目が私を見るとは他者の目になるという体験なんだろうか、
つまり私はあなたになるのでしょうか。
もっとも身近でもっとも不可思議な、この自己というものを探りたいと思っています。

個展在廊日記「実況 現場からの作品解説」(pdf)14ページ DLしてご自由にご覧ください。

2016/9/28~9/30の3日間に在廊した際、現場の雰囲気をなるべく伝えられるようにFACEBOOKで作品解説をしたものの再録

 

■朗読パフォーマンス「中之条への道」Road to Nakanojo

中之条ビエンナーレ2015のアーティストトーク(2015/09/19)で実施した朗読パフォーマンスの映像をYouTubeで公開しました。
(19分30秒)

マイクのエコーがきつく、音声が聞き取りにくいので、
PDF原稿をDLできるようにしました。合わせてお楽しみください。
PDF「中之条への道」

■線のおはなし  Story of Lines

ノート、インク / ink on notebook 185×185×10 mm 全28ページ / 2015 /
六花ファイル第6期 /六花文庫(北海道札幌市)

■作品解説
最初のページから最後のページまで
1本の銀色の線でつながっています。
文字はなく、線の形とリズムとスピードが、
読む人の想像力を刺激し、お話のように感じる絵本です。

■ステートメント
何かを見るとふと思い出すこともあれば同じことをずっと考えることもあって、
そんなふうに思考を連想させたり飛躍させたりすることは私たちの楽しみだと思う。
流れるままの線を見ながら、いろんなことを思い出したり考えたりしてほしい、
慣れ親しんだことも、まったく考えたことがないような新しいことも。
(2015/10)


■生きるよろこび ― drawing room  Le bonheur de vivre ― drawing room

紙、マーカー、ボールペン、ダーマトグラフ  marker, ball-point pen, dermatograph on paper  / 2700×3600mm / 2015 / Trans Arts Tokyo 2015 / 東京都神田 長島ビル / 撮影 宮本和之


神田は子どものころから「パパのかいしゃ」があるところ、黒いアタッシュケースとともに記憶に刻まれている。でも実際に行ったことはなかった。
制作中、気分転換にそのへんを適当に散歩していたら、かっこいい建物があって、見てみると博報堂の社屋だった。あれ、と思った。
TATの地図をあらためて広げてみる。
父が新卒で入社したのが博報堂だ。わたしが生まれる前だから、どこにあるかなんて考えたことなかったけど、神保町にあったのか、全然知らなかった。その後、転職した御茶ノ水の出版社で母と職場結婚し、もう一度転職した会社がわたしが覚えている「パパのかいしゃ」で須田町にあった。
学士会館で結婚式を挙げ、銀婚式を家族で祝い、亡くなって葬儀もおこなった。
パパはだから、ずっと神田を行ったり来たりしてたんだなぁと思った。
そんなことを考えながら制作に通った。
わたしの展示会場は、須田町と博報堂、学士会館のある神田錦町を結ぶ五十通りにある。 (2015/10)


■鏡の中の自画像―線にかこまれたわたし Self-portrait in a mirror - Myself surrounded by lines (生きるよろこび ― drawing room   Le bonheur de vivre ― drawing room  より)

鏡、マーカー marker on mirror / 400×910mm / 2015 / Trans Arts Tokyo 2015 / 東京都神田 長島ビル


■即興と変奏-drawing room  Improvisation and Variation-drawing room

マーカー、紙、ボールペン、ダーマトグラフ、鉛筆 / 28800×3300mm / 伊参スタジオ(群馬県中之条町) / 中之条ビエンナーレ2015 / 2015

ドローイングを描くとき最初、とても緊張する。
何をどう描けばいいんだろう、この真っ白な広大な場所に、と思う。
いつものように描けばいいんだ、とつぶやきながら描き始める。
線が生成されていく。
ある時、描くことがなくなる、ビーカーの水が空っぽになるように。
そしたら休憩する、伊参スタジオの庭を歩き回ったり、教室の床に大の字になったり、お茶を淹れたりして。
描いていると思い出すことがあって、そのことを急に描いたりもする。
同じものを繰り返し描くこともある。
繰り返し描いていると、ちょっと変えてみたくなる。
今に集中して描いているのだけど、
ふと気づくと、何か見たことがないものにできあがっている。
だからいつもどういうのができるんだろうと思っている。 (2015/9)

Haraguchi works with the theme of ‘improvisation’,
wishing to draw lines instantly and write pieces endlessly.
In her works,elements are becoming fluidly.
Texts and lines are mixed and overlapped.
Drawing is a meditation for her.
There are chains and leaps of thought.
While drawing,she feels like she has transformed herself into something different. (2015/9)


■J’ai le droit d’avoir un nom 名前をめぐる思考の飛躍と連想

スパイラルホール(東京都) / SICF16 / 2015


ミッシェル・オスロの映画を観ていたら、
ユニセフの子どもの権利条約20周年記念イベントで監督が講演をしている特典映像があって、
そこに一瞬ポスターが映った。
子どもの絵の横のフキダシの中に「わたしはNOを持つ権利がある」とある。
そこで私が思い出したのは『猿の惑星』だ。
猿がNOを言うシーン、それは猿が人間からの支配から逃れる決定的なシーンだ。シリーズ全てに登場する。
NOを言うことはつまり、権利を主張する第一歩なんだ、と強く感じた。
それで、ユニセフもそう言ってるんだな、と感慨を深くした。
ところが、よく見てみると、「non」ではなく、「nom」名前だった。
正しくは、「私たちは名前を持つ権利がある」。
とんだ誤解だったと気づいたが、次の瞬間、名前を持つ権利?と疑問に思った。
それは、名前を持たない子どもがいるということだ。
名前を持たないとはどういうことかと考えた。
名前を持たないということはつまり、取替え可能なモノとして扱われる、固有のものではない、という証拠だと思った。
ぬいぐるみだってペットだって、お店にあるときは誰でもない、うちに来た時からうちの子だ、名前を与えられて家族になる。
そこで思い出したのは、私が小さいころの風景だ。
文字が書けるようになったころ、自分の名前を書くのがとても好きだった。
小学校の校庭にジョウロの水で何を描いてもいいと言われたときに、嬉々として大きく自分の名前を書いた。
自分の名前、それは自分が自分である喜びだった。
大人になった今、自分の名前を書くのは、証明したり、申し込んだり、責任が発生するときだけ。
匿名、ハンドルネーム、ペンネーム、イニシャル表示、名前を出さないほうが安全なときもある。
『供述によるとペレイラは・・・』では亡命するとき名前を変える。別人になるには名前を変える。ペソアは70個も異名を持った。
名前について何かの主張があるわけではない、ただ、いろいろなものを見ると思い出すことがあって、
何かを見て連想したりあるいは思考を飛躍させたりすることは、わたしたちの楽しみの一つだと思う。
そのときそのとき思ったことを制作した。


HinakoのHinakoによるHinakoのためのHinako  Hinako of Hinako,by Hinako,for Hinako

木、クレヨン、ロウ crayon,wax on plywood / 910×910mm / 2015


これを描いたときわたしは、とても不安定で危険な状況にありました。
自分の存在があやうくなったときでした。 巨大な不安と恐怖と怒りを感じていました。
わたしは、自身をなにかあたたかい毛布のようなものの中にもぐり込ませたいと思いました。
柔らかいものに包まれたいと思いました。
安全な場所に隠れたいと思いました。
自分の名前が失われた体験をしたので、
自分の名前を何度も描いて、わたしを失わせる力に抵抗しようとしました。
でも、名前を描いているうちに、隠したいとも思いました。
大きく描くのは怖いと思いました。
何かの後ろに隠れているのは安心でした。
誰かの隣りにいて、誰かと同化して、名前がないのは安心だと思いました。
わたしは、わたしを隠そうとも思いましたし、わたしを現そうとも思いました。
わたしは、目的や手段や属性や、そういったものがいやになったのです。
ナニナニのためのナニナニ、とか、ナニによるナニ、とか、ナニのナニとか、
将来のためのスキルとか、平和のための法律とか、健康の秘訣とか。
目的の先ではなく、手段の先ではなく、そのものを描きたいと思いました。


〇(マル) Yes

木、クレヨン、ロウ crayon,wax on plywood / 910×910mm / 2015


この絵を描いたのは、ただ、肯定したい、という思いでした。
それで、〇をまん中に描きました。
×じゃなくて〇。
オッケー、オッケー。
とにかく明るいものを描きたいと思いました。
これの前にも、同じような作品を描きましたが、どうにも透明感がなくて、いやでした。
透明感があるものを描きたいと思いました。
なにか、解放されるものを描きたいと思いました。
ぎゅっと縮こまったものを解放したいと思いました。
きっとそれは自分自身だったと思います。
たとえ理屈が間違っていたとしても、正しくなくても、肯定したい、そういう思いでした。
光を見たいと思いました。


 

わたしたちはいろいろなところにいる We Actually Are All Around

木、インク ink on plywood / 910×910mm / 2015


わたしたちは、形を変えて、いろいろなところに現れる、わたしは本当にそう思うのです。
すれ違う人の中に、私は知人の面影を見ることがあります。
そんなときわたしは、その人が誰かの姿を借りてわたしに会いに来たんじゃないかと思います。
わたしたちは、自身であると同時に、誰かでもあるとも思いました。
2015年、「わたしはシャルリー」と書いた紙をもったデモが行われました。
名前の意味を考えました。
HINAKO ひなこ、ヒナコ、比奈子、
私の名前が変化しながら、画面に現れます。


 

ひなこかきました Hinako wrote it

紙、鉛筆 pencil on paper / 54×74mm / 1981頃


客席の子どもを数人ステージに上げて「お名前は?」と聞く子ども向けのイベントで、
小学生はみなフルネームで答えていた。
壇上のおねえさんは、きっと、下の名前だけを言ってくれるといいなと思ってると思う。
個人情報だし。
でも、フルネームを言いたい、と思うんだろうな、名前を言うのは楽しいことなんだと思った。
そういえば知り合いの子も、家に電話したらフルネームで大声で名のった。
それでわたしも負けずに答えた、「はらぐちひなこです!」と。ところでお母さんいるかな?
わたしも小学生のころ、なんでも書いていいよ、といわれたら、かならず自分の名前を書いた。
あるとき、校庭に、ジョウロの水で書いていい、と言われて、
走り回りながら名前を書いて、とても気分がよかった、ということを思い出した。
自分の名前がちゃんとあって、自分が守られていて、名前を言っても恐いことなんかない。
この子ども時代の作品を見ると、そんなふうに思ってたんだなと思います。


■クリスマスカード Merry Christmas!

紙、クレヨン、ロウ、墨 crayon,wax,china ink on paper  100×214mm  2014


■線の可能性 Possibility of Lines

線の可能性 Possibility of Lines  マーカー Marker on wall  8865×3450mm  2014 3331ALLART!


最初の2点は、(c)3331 arts chiyoda


■線の可能性 Possibility of Lines

木、ボールペン ball-point pen on plywood  910×910×5.5mm  2013-2014 3331ALLART!


■線の可能性 Possibility of Lines

木、ポールペン ball-point pen on plywood  790×910×5.5mm  2013 3331千代田芸術祭2013 3331アンデパンダン

■アーティストステートメント 2013/10
ここ数年、毎日、手帳にペンで「ノート」を書いています。 日記ではなくて、思ったことを自由に書くノートです。
思ったことを書きとめていくので、当然文字を書いているわけですが、そこに最近ぐるぐるした形が出てきました。
書いているとなんだか気持ちがいい。爽快感と高揚感があります。
もっとたくさん書きたい、もっと大きく描きたい、と強く思ったことが、
この作品を作った背景です。

同じ形を反復したり、一筆描きの形が多く登場します。
手を動かしていると、ペンの先からインクが流れるのを見ていると、
書くときの音を聞いていると、気持ちが解放される。
ゆきどまりがなく、どんどん歩いていく時の気持ちと同じです。

文字の部分も、そのとき思い浮かんだことをそのままどんどん書いた。
川の水が流れていくように、線も気持ちも流れていくままを描いた。

ペンの先から形が生まれるのと見ると、
「線にはこれからいろんなことができるんだぞ」とワクワクする。
それでタイトルは、「線の可能性」としました。

3331アンデパンダン2013 スカラシップ和多利浩一賞受賞 2013/10
■選評(3331千代田芸術祭2013 http://fes.3331.jp/2013/prize/index1.html より転載)
今回私が選んだのは、原口比奈子の「線の可能性」です。講評会の対象作品ではなかったので、直接アーティスト自身には会って話すことができなかったのですが、何かずっと気になる作品として頭の中に引っかかりました。小さめの板に鉛筆で描かれたドローイング作品ですが、そこにはさまざまなエレメントが散らばっていて、海の中を覗いて、小さな魚、大きな魚、深海魚、プランクトンまでいるような錯覚に陥りました。単純にもっと大きな面で作品を見たい。というのが選んだ理由です。大海を見せてくれるのか、リアルサイズの池にとどまるかは原口さん次第ですね。楽しみにしてます。 [和多利浩一(ワタリウム美術館CEO/キュレーター)]

I did not have a chance to meet the artist and talk to her directly, but her work somehow captured my mind and attracted me to it. Although it was a pencil drawing on a piece of small wood,there were various elements scattered on it. The drawing was as if looking deep into the sea and seeing small fish, large fish, deep-see fish and even plankton. I chose this work simply because I wanted to see it on a greater scale. Whather it will be an ocean or a pond depends on the artist. I look forward to it.
[Koichi Watari (CEO of WatariumMuseum of Contemporary Art/Curator)]


■建築のよみきかせ 第一話 深海居~しんかいぎょ~

本棚から本を取り出して読もうとするとまるでいきもののように本がすべり出す
本を開くと本の中に吸い込まれて物語が始まる

ムービーカット集

≪建築の読みきかせ 第一話 深海居~しんかいぎょ~≫You Tube(1分)

■アーティスト・ステートメント 2013/10

作品は、大きく3つに分けられます。
まず、「私」が本棚から本を取り出してページを開きます。
本を開くとショートストーリーが始まります。
最後は本を閉じて終わります。

建築は、「こんな場所があったらいいなぁ」というものを作ることだと私は考えています。
その「こんなところがあったらいいな」だけを取り出して作品を作りました。
それを考えていると、一日が楽しくなるものを作ろうと思いました。

建築模型は、そのまま巨大化させるためのものではなく、まだ見ぬ実物のイメージをそこに仮託することができるもの。
いわば見立てです。
模型を見ながら夢想している内容を物語として表現しました。
私は建築を見るとき、この建築はどのような影響を人に及ぼすのかについて考えます。
ここでは人はどのように感じ、どんなことをしたくなり、どのように世界を見るのか、そのことを作品化しました。

私にとって建築は遠い憧れ。そのままでは近くならない。
この断絶を解消するためにどうしたらいいか考えたのが、この作品を作った背景です。
そこで本を登場させました。本は、はるか遠いものを自分のほうへ引き寄せるものです。
そもそも本は、読む人との間にパーソナルな関係を結ぶものですが、
本作では、その特徴を際立たせるために、別個に動いているのではなく、
読み手である「私」と、何かコミュニケーションをとろうとする意思を持ったものとして描きました。

タイトルをなぜ「読み聞かせ」としたか、についてですが、
誰しも幼い頃、だれか大人の人に本を読んでもらったことがあると思います。
人から本を読み聞かせしてもらうと、楽しい話はもっと楽しくなるし、怖い話はもっと怖くなる。
それなら、建築を読んでもらったら、もっと建築がおもしろくなるはずと思って、
「建築の読み聞かせ」というタイトルにしました。

■発表
ショートムービー≪建築の読みきかせ≫2011 個展「This Is Mokunohi」(川口市・アトリエ木の日)
ショートムービー≪建築の読みきかせ 第一話 深海居~しんかいぎょ~≫2013 「3331シアター」審査通過・上映(神田・3331アーツ千代田)

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「3331シアター」で上映されたときの様子