日別アーカイブ: 2019/09/06

2019/09/06

秋にワークショップをする予定です

10月に地元の植物園のイベントで子ども向けのワークショップをする企画が進んでいます。

大きなスペースを使う制作は一人ではなかなか企画できないので、こういう機会は本当にありがたい。

場所が植物園なので、参加者に手形で木の葉っぱを描いてもらおうと考えています。描く前に葉っぱ体操なんてどうかなと、ワクワクしながら企画中。

ムナーリみたいに、木のワークショップができそうでうれしい。

 

WSのためのアイデアスケッチ

 

2019/09/06

プロデューサー目線でブラッドベリを読む

7月、ショーン・タンが「あなたの好きな本は?」という質問に、レイ・ブラッドベリを挙げていた。会場は全員、大きくうなづいていた。私も訳知り顔にうなづいてみた。でも読んだことはなかった。

同じく7月、村上春樹が子ども時代の心の傷についてトリュフォー監督について書いていたので、本当は『大人は判ってくれない』が観たかったのだけど、手に入らなかったので、代わりに『華氏451』を観ることにしたが、この原作がブラッドベリだとわかった。

8月、『ポーの一族』展を観にいく。萩尾望都がブラッドベリ原作の作品を描いていることを知る。

そういえば昔シナリオの勉強をしていたころ、「ブラッドベリを未読だという人に対して人生を損していると思っていたが、最近は違う、「あなたがうらやましい、初めてブラッドベリを読む喜びを持っているのだから」と思うようになった」というようなことを書いていた人がいた。

今こそ、かもしれない、という経緯で読んだ『火星年代記』。

その水晶の柱の家は、火星の空虚な海のほとりにあり、毎朝、K夫人は、水晶の壁に実る金色の果物をたべ、ひと握りの磁力砂で家の掃除をする。
(ブラッドベリ『火星年代記』)

夜の明け方、水晶の柱のあいだからさしこんできた日の光が、睡眠中のイラを支えていた霧を溶かした。イラが身を横たえると壁から霧が湧き出て、やわらかい敷物となり、その敷物にもちあげられて、イラは一晩中床の上に浮いていたのだった。(略)今、霧は溶け始め、やがてイラの体は目覚めの岸に下りた。
(ブラッドベリ『火星年代記』)

「さあ、スカーフをして」夫はガラス壜を手渡した。(略)ガラス壜から流れ出た液体が、青い霧に変化し、ふるえながら夫人の顎にまつわった。
(ブラッドベリ『火星年代記』)

これは、宮崎駿に作ってほしい。行動一つ一つが丹念に描かれるのを見たい。きっと優美な動きをするに違いない。水晶の柱の家ってどういうのかしら。

それは翡翠色の昆虫に似た機械で、祈っているカマキリのようなかたちをしていた。冷たい空気をかきわけて、精巧に走ってきた。その体には無数の緑色のダイヤモンドがきらめき、複眼のように輝く赤い宝石がついている。六本の足は古代の街道を走るとき、俄か雨のような音を立てるのだった。その機械の背から、つやのある金色の目をした一人の火星人が、まるで井戸をのぞきこむようにトマスを見下ろした。
(ブラッドベリ『火星年代記』)

これはショーン・タンに。火星人と地球人が出会って不条理な出来事が起こり、やがて別れるのは、彼にピッタリのモチーフ。地球人は『ロスト・シング』の「彼」に登場いただき、火星人に会う。金色の目、と書かれているだけの火星人はどういう顔をしていて、緑の機械はどういうものになるのか、考えるだけでワクワクする。

 

地球にひとり生き残った男が他に誰かいないかと方々電話をしまくり、やっと一人の女を見つけて有頂天に、だが、実際に会ってみるとそれが醜女で、最後は彼は逃げ出す、という短編は、アードマンに作ってほしいけど、このままだと不愉快な話。女性は最初は美しいけど、ふと見ると顔面がドローっと溶けて、という別の短編を融合したら納得する話になりそう。ウォレスはすぐコロッといっちゃう男だから、最初は花なんか贈ってメロメロなんだけど、ホラーチックにして、最後はグルミットと一緒なら幸せさ、なんていう結末に。

 

「200年後、火星の少年が親に隠れながらベッドでこっそり僕の本を読む」と言うブラッドベリは幸福な作家だと思う。火星が、ブラッドベリの目には明らかに見えているのだと思う。

https://book.asahi.com/article/11642917 書評「火星で僕の本が読まれるだろう」川端裕人

 

ショーン・タン、宮崎駿、アードマンという制作者に依頼したい、というプロデューサー目線で読んだが、トコロデ「アナタは作家である。自分自身に依頼したいと思わないのか」といえば、正直言うと、わたしにはまったく火星が見えないのだ。ブラッドベリの書く情景はもちろん見える。読書とはそういうことだ。だけど、それをもっと拡張させて、こういう世界だ、ここには描かれていないがこういうこともあるのではないか、つまり「ある」ようには考えられない。

それで、わたしは、ああいった作品を作っているのだと思う。つまり、何かできごとに接し思ったことを書く、という随筆的な作品を。文字通り鴨長明。

 

☆アナログハイパーリンクな読書
ショーン・タン スカイプトーク@日本女子大、萩尾望都→レイ・ブラッドベリ作 小笠原豊樹訳『火星年代記(新版)』←トリュフォー『華氏451』←村上春樹「猫を棄てる」