カテゴリー別アーカイブ: アナログハイパーリンクな読書

2017/11/02

幸福とは次の約束があること

制作が全く上手くいかず、ふと本の抜き書きノートを開いた。

「天才バカボンの幸福とは今日もおひさまが昇ること」赤塚不二夫・絵 杉田淳子・文

一人で外食中なのにウースソースのところで声をあげて笑い、自分が笑ったことに涙が出た。笑いを欲していた。
幸福とは次の約束があること

幸福とは知らないところで誰かに思われていること「パパたちどうしたのかしら・・・」
死んだパパのことを思うと、もっとできたのではないかと思う。

でも、こうやって私が思い出すことが幸せなのなら。よかった、私はパパに幸福を与えている。


★アナログハイパーリンクな読書

「天才バカボンの幸福とは今日もおひさまが昇ること」赤塚不二夫絵 杉田淳子文

2017/10/24

制作の前

この週末、小さいノートPCを買ってみたんです。

家の好きなところで開いて、まずは2つ書いてみました。

文章は、思いがストレートに出すぎて恥ずかしいなあと思いました。

絵のほうがいいなあ、いや絵も恥ずかしいか。

思いを隠そうとしたり、思いがなくて描いた絵はつまらないから、だいじょうぶだ、はずかしくていいんだ、と自分に言い聞かせました。
さて最近、過去の作品がよかったなあと言われることがあり、あなたは頭で考えすぎないほうがいいよ、と言われたことがよぎります。でももう作れないよーと思います。何も考えずに作ることはもう。

2017/10/14

初対面でも作品を通して知り合うこと

忘れないうちに書いておこう。日々に流されていると、気づきがさらさらと風に失われてしまう。

このあいだアトリアの口頭審査で思ったこと。

キュレータのXさんは以前私の作品を観たことがあると言っていた。そして私は、Xさんが書いた評論を読んだことがあった。お互い初対面だったが、作品を通して知り合いだったのだ、と思った。同じ業界にいるとそういうことはままあるのだろうと思っていたが、意図せざる場面で私の身の上に現実として起こってうれしいことだった。数年間、制作を続けていた成果、私もある種のアート業界に所属している実感を得た。今日もまた、後年、こういうことがあった、と思い出す日々の一つになるだろう。

 

それとは別で思うこと。前に知り合いの作家から「直接お会いできませんが、作品を通してお会いできればと思っています」と言われて、それはキレイゴトなんじゃないかなと思ったことがあった。線が細く具合が悪くなることが多い彼女は人と会うのが苦手なんだろうと思ったのだが、その後、そういうことはあると思うようになった。つまり、直接会う人物そのものよりも、作品のほうが本人により近い、という意味で。

それでも、先日は、作家を見て、なあるほど、と思ったことはあったのだけど。

まあ、はるか昔に死んだ作家、遠い外国にいる作家とは、直接会わずとも作品だけを好きになるということはよくあること(だいたいそんなことばっかりだ!)で、作家と作品との関係についてはこんなものだろうと思う。作品に作家は現れる一方、外面だけでは計り知れない何かを身の内に隠し持っているのが作家だろうから。

2017/10/08

カズオ・イシグロノーベル賞受賞

カズオ・イシグロがノーベル文学賞を受賞した。現代社会でもっとも読まれるべき作家であり、読むべき本をずっと書きつづけている作家だ。とても嬉しい。

村上春樹とは親しいらしい。日本語はほとんど忘れたと言っているけど、家では話すのよ、と奥さんがこっそり教えてくれたという。数年に1冊小説を書き、普段は取材や研究にあてている。欠けたものを埋めようと、失われたものを取り戻そうと、孤独に制作する姿勢はこの2人に共通していると思う。

2017/10/04

見ると見られる

ここ最近の制作では、見ると見られるについて考えている。

イヤリングについて考える。イヤリングをつけた自分の姿は自分では見えない。他人からどう見えるか考えたアクセサリーだ。

一方、リングは自分の目でよく見るものだ。自分で見るための装飾。

似ているけど、機能は随分違う。「イヤリングと指環をそろえて買ってもいい」と店頭で言われてあらためて思ったこと。

2017/09/24

なんで鏡の作品を作ったか

本当の本当の話をしよう。

作家の顔を鏡に描いた作品と、作家の自画像を透明アクリルに描いた作品。

なぜこういう作品を作ったか。

私自身、どのように他人の目に自分が映るか、どう見えているか、外部の目を非常に気にするからである。外部の評価がすなわち行動の基準になる。

でもこれは、私だけの個人的な問題ではないと思う。現代にいきる人々の、大勢に共有される感覚だろうと思っている。


展示風景

2017/09/24

紙にドローイング

今なら紙にドローイングを描ける気がする。

石川九楊の作品をウェブで観て、興奮している。

こういうのを私の線で描いてみたい。
2016年に和紙に描きかけたけど、やめてしまった。

紙の種類を変えてみよう。

ペンも変えてもいいか。

2017/09/23

ガラスに描いた線と床に映った線


自作をためつすがめつ観る。

作品の前に長い時間立ってみる。

いろんな発見がある。
本展示中、思わぬことに、独特の線がいいと言われて、あらためて見る。

そうか、そういうふうに思う人もいるのか、では次はこういう作品つくろうという気持ちが出てきた。

これが展示のいいところ。

頑張って在廊して良かった。人と話すと寝込むことも多いけど、自分では気づかないことに気づかされる。

2017/09/19

せんせいハイ!

手前味噌すぎるんだけどやっぱりうれしいから載せよう。

絵画教室の小学生の生徒さんからお祝いのお花をいただきました。

「せんせい おめでとう」って。

小さい子が恥ずかしそうにお花を差し出すのを見るのはいい感じの経験だ。展覧会に来てくれたのもとってもうれしいのに、お花もいただいて、ふあっとなりました。うっかり一緒に写真撮るの忘れた、、、

その子のws作品と写真も今回、展示しています。

教室以外の場で会うと、いつも知ってる顔とは違う表情をしている。顔の位置も違う。いつも座ってるから顔が同じ位置 でも会場では立っているから小さい顔がずいぶん下のほうにある。私もきっとそうなんだろう。教室の先生とは違う顔を持っていることを伝えられてよかった。人は本当は顔をいくつも持っているものだから。そんなことも、本展示で表現したいことだった。

2017/09/18

本に出てくる食べ物

映画もドラマもマンガも本も、出てくる食べ物はなぜか美味しそうで食べたくなる。

在廊で読んでる本が『騎士団長殺し』で、いよいよ岩盤をあげることになった。

主人公の「私」が自宅のキッチンで作って免色と食べるクロワッサンサンドはハムとレタスとピクルス。材料を買って帰るも疲れてすぐに寝て起きたら真夜中2時半、本の内容ともちょうどあっている。
☆アナログハイパーリンクな読書 

村上春樹『騎士団長殺し』