カテゴリー別アーカイブ: アナログハイパーリンクな読書

2018/11/14

なぜ我々は物語を必要とするか

池澤夏樹が質問に答え、それは、我々は他人の人生にとても関心が深いからだ、と言っていた。他人の身に起こったことに大変興味がある、他人の運命に強い関心を持つ。それがまとまった形で読めるのが物語だと。

このところ、そんなさまざまな人が登場する小説をたてつづけに読んだ。温又柔『空港時光』、沢木耕太郎『彼らの流儀』。これまで小説は、登場人物に没入し、つまり自分が他の人になるのが面白いのだと、登場人物に自分に置きかえて読んでいるのだと思っていたが、そういうことかと思う。

ふとした弾みに、もしも~だとしたら、と考えるのは私の子どもの頃からの癖である。もしも生まれた台湾で育っていたら。もしも生まれた時から日本人だったら。もしも日本ではない国で育ったのなら・・・・・そうであったかもしれない自分と、そうではなかったかもしれない自分。架空の私がことあるごとに彼方で点滅しているのを感じる。(『空港時光』)

☆アナログハイパーリンクな読書
温又柔『空港時光』 沢木耕太郎『彼らの流儀』池澤夏樹=個人編集 日本文学全集
『源氏物語 中』刊行記念 角田光代さん×池澤夏樹さんトークイベント

2018/11/14

きっかけ

番組に出ないかとテレビ局のディレクターという人から電話があったのを、私はそれほど迷わずに断った。企画内容が私の制作にプラスになるようには思えなかったから。でも今頃になって、出たらどうだったろうと思う。それが何かのきっかけになったのではないか、よいことにつながる機会を私は潰してしまったのではないかと。書道家の知人がその番組に出演したら、それを見た別の番組からオファーが来た、思わぬとんとん拍子に進んでいる、と近況報告をくれたとき、わたしと彼とは目的が違うからとそのときは何とも思っていなかったのに。

沢木耕太郎の『彼らの流儀』には、ふとしたことがたまたま人生を決めていく様子がさまざまに描かれている。偶然傘のブランドを立ち上げた人、化学会社に勤めていたのをCM出演がきっかけでテレビ制作会社に転職した人、砂漠に行ったことからアラビア書道家になった人。

もちろん、彼といえども最初から傘屋だったわけではない。少なくとも、大学生の頃は自分が傘屋になるなどとは思ってもいなかった。(略)傘を扱うことになったのは偶然にすぎない。しかし、(略)傘を介して人とつながっているという確かな感触があった。(『彼らの流儀』)

他人はよく尋ねる、なぜそうなりたいと思ったのですか? それをやろうと思ったきっかけはどんなことですか? 納得しやすい筋道が通った理由を求める。でも、こうなりたいと明確に意思があってなった人が少ないのではないか。こうして人は偶然に何かになるのではないかと思う。とすれば、その偶然を私は失ったのではないか。あの時にこちらを選んだら、あったかもしれない人生について思う。

その一方、それを断った、という人も出てくる。コミュニティに誘われ、もちろん便利だったろう、でも、困難な道を選んだ元空手家のアメリカの警察官。旅を止めたら失わずにすんだかもしれない息子。

何でも闇雲にトライするのがいいわけではない、慎重に進めることも、断ることがかえって何かのきっかけにだって。先が見えない我々は、どちらがいいか、その時その時に自分で決めるしかできないのだけど。

しかも、どれがいい、ということさえ我々にはわからない。病を得たムンクは《叫び》を世に送り出し、レジオンドヌール勲章を受けるもナチスの敗北を見ずに死んだ。学校を出て、技師になった人生はどうだったろうか。

☆アナログハイパーリンクな読書
沢木耕太郎『彼らの流儀』→ムンク展

2018/10/20

秩父への旅 要塞とはじめての魚釣り

先日、秩父に材料の石採集に行った折、途中、大きなダムを見学しました。この威容は、そうだ見たことある、突如出現した古代メソポタミアの城ジッグラトだ。この妙な符合に、これは現代の要塞なんだと感じました。思えば、水が出てくる口はまさに大砲、梯子で攻め入るのは到底無理な130mの堤高です。高さとしては30階建てマンション、もはや珍しくない程度。でも周りに比較するものがないせいか、とてつもなく巨大に迫ってきます。足が震えながら下をのぞくと、公園が何も加工せずとも本城直季の作品のようでした。

前2100ごろ ウルのジッグラト(『西洋建築史圖集』

帰りには「はじめての魚釣り」。絵画教室に来る一人の子から夏にキャンプに行った話を聞いて、私もやってみたくてしかたなくなりました。難しい? 道具もくるくる回すやつが必要なのかな? ううん、そんなことない、釣り竿も棒に糸を付けただけのものだという。ならできるかなあ?

でも最初全然釣れないし、糸はこんがらがるし、釣れないのはエサが悪いせいにしてムクレたり。じょーじみたいに「きっとつれるでしょう」なんて出かけて行ったところが、「それならケーキをさかななんかにやってしまうことはないのです」なんてことにならないといいけど!と思ってたのが、本当になってしまいました。

でも、だんだんコツがわかったのか、手首をくいっと上げてみた、恰好だけは『海街diary』の千佳ちゃんみたいに。

結局はたくさん釣ってその場で塩焼きに、帰ってからはムニエルに。これで私も「魚釣りをしたことがある子」になったよ。

アナログハイパーリンクな 読書
滝沢ダム→本城直季、『西洋建築史圖集』
渓流釣り→『たこをあげるひとまねこざる』、『海街diary』

2018/10/02

思わぬところで見つけることがあるものです

国立新美術館は黒川紀章の設計。うねるガラスの壁がとっても不思議な建物ですが、世界の名作椅子が館内のあちこちに使われていて、実際に座れるのも特徴です。

「メインエントランスからは少し隠れたところにそっと置いてあるのが、「白鳥」と「卵」という名前の北欧の名作チェア。余裕があれば寄るつもりです。デンマークのアルネ・ヤコブセンの作品で、本当に白鳥と卵の形をしているんですよ、ええっと、どんな形かというと・・・おっと、それは見てのお楽しみ」

そんな話を小学生の美術館ツアーの事前レクチャーでしています。

美術館は、展示品だけじゃなくて、その周囲のものも一緒に鑑賞できるのが、いいところ。知らないうちに、世界のデザイン、建築、歴史に触れているのです。子どもが美術館に行く時、わたしは、そのときはあまりよくわからなくてもいいと思っています。大人になって、あれってこれだったのか!と思えばいいんじゃないかな、と。

ところで、先日、明治期に建てられた実業家の旧宅での展示を観てきました。そしたら、お庭にアーカンサスの葉が! 学生のころ、コリント式柱頭は「白菜とワラビ」と覚えるように習ったあの白菜のほうの葉っぱです。ええっ古代ギリシャにしかない植物だとばかり。ホラ、これも「大人になってあれってこれか!」という体験。

家用玄関前庭に植えられたアーカンサス

「世界を変えた書物展」 より ヴィニョーラ『建築の5種のオーダー』 コリント式柱頭はこれ

旧田中家住宅(埼玉県川口市)

コンドルの弟子の弟子にあたる建築家による設計

表玄関(会社玄関) 上部にローマ字の社名が入っている 煉瓦は現場で焼いたという

家用玄関 バルコニーがいい

庭から

雨粒がついてるみたいなかわいい照明器具

洋室

2018/09/22

新しいモノ、コトの名前

上野の森美術館で開催中の「世界を変えた書物展」に行ってきた。

もちろん私は、ルドゥーのショーの理想都市やパラーディオの「建築四書」、パンテオンの立面図、断面図に釘付けだったのだけど(そういえば私がもっとも好きな建築ベスト5だった)、ほかの部門も興味深く見ているうちに、「飛行」部門の図版にふと注目した。

空を飛ぶ乗り物を発明するのに、まだ名前のないそれになんと名前をつけようか、風船がいくつも取り付けられた乗り物の図には「飛ぶ船」と書かれていた。よく見ると乗る部分は船そのものだ。今まで見たことがないものは、すでに知っているものを援用して名付けるだろう。それが「飛ぶ箱」ではないことに、発明家たちはまるで海を渡るように空を渡る乗り物として捉えたのだろうと思うと、そのロマンティックな命名を微笑ましく思った。まさに飛行は人類の夢。想像上のものを実現化しようとする思いが込められた名前が秘めた可能性にワクワクする。想像の世界にしかないものがこの手に!という興奮、それを共有し伝播するのが名前だ。

新しいモノ、コトを名付けるのは、その後の行方を左右する大事である、と強く思った。社名も商品名も作品もペンネームも。

「モンゴルフィエ兄弟の気球体験記」(1783-1784)初版

Batteau volant とある。tが二つなのは、古語だろうか。

それにしても、グーテンベルグの発明がすごいと思うのは、活字にすると、くずし字など書体を解読する必要なく300年前の本でも解読が容易だということだ。

展示会場の様子

☆アナログハイパーリンクな読書

「世界を変えた書物展」→『モンゴルフィエ兄弟の気球体験記』

2018/08/31

自主的缶詰生活 for TOEIC

夏は普段できないことをやろうと集中的に英語の勉強をしていた。

2年前に北海道で滞在制作した折利用した作家専用のレジデンス施設は、海外の作家も多く滞在していて、さながら外国の学生寮。簡単な挨拶しかできなかったから、もっとお互いの制作について深く話したりできたらとも、次は海外のアーティスト・イン・レジデンスに行ってみたいとも思った。

海外派遣の審査で必要なのはやはりTOEICだと、この夏は久しぶりに受験生のように勉強をしていた。結果発表があり目標の700点越え。予想以上の出来に満足、この調子で次は800点を目指そう!

勉強の息抜きにアメリカ横断の旅の映像を見たら、今までアメリカにはあまり興味がなかったのに、急に行ってみたくなってきた。グランドキャニオンいいなあ、地球じゃないみたい。

アメリカで大人気の観光スポット☆ グランド・キャニオンで過ごす朝!〔#657〕【🇺🇸横断の旅 58】バイリンガール英会話 | Bilingirl Chika

☆アナログハイパーリンクな読書

TOEIC→『水曜どうでしょう第15弾 アメリカ合衆国横断』(HTB 北海道テレビ)→『チャンネルはそのまま!』(佐々木倫子作)→『人生で一度はやってみたいアメリカ横断の旅 バイリンガールちかの旅ログ』(吉田ちか著)

「水曜どうでしょう」番組の前枠・後枠に映る公園。あれ、この植生、なんか見覚えある、と思ったら、撮影場所は、私が2016年に滞在したレジデンス施設のすぐ隣りらしい。懐かしくてまた札幌に行きたくなった。

つまり『チャンネルはそのまま!』のモデルになったテレビ局があんなにそばにあったということだ。とはいえ、onちゃんとは決定的に違うような気が、、、。だって、ホシイさんは「中の人はいない!」だもの。

北海道のAIRについてはこちら

札幌AIR報告 (0)目次

2018/07/14

芸術鑑賞レッスン いわさきちひろとの出会い「ちひろの技法で絵を描こう」

主宰する絵画教室で、今度いわさきちひろの美術展を観に行くので、その事前レッスンを実施しました。

まず画集でちひろの絵を鑑賞。ちひろはね、書道も習ってたんだよ、それで絵の描き方に書道の方法を持ちこんだんだ。

にじみ効果のあるたらしこみの方法を解説する。

ほら この絵のここのところ見て!この方法を使って描いてるよ。みんなもおんなじようにやってみよう。

きれいなのができた! あまりたくさんの色を使わないのがコツだよ。それと紙を動かしすぎちゃうと混ざって1色になっちゃうよ。

だいたいわかったら、次は女の子の髪の毛を同じ技法で描いてみようか。ちひろは子どもの絵を9000枚以上描いたよ。

それで私が描いた絵。にじんでいい感じだ。

教室では私も一緒に描いてる。これがお手本っていうんじゃなくて、ただ一緒に描く。髪の毛が乾いたら赤い髪飾りも描くんだーとか言いながら、そんなふうに楽しんでいるのを見せるのも指導だと思って。

次回は、海の絵を描こうかな。

ちひろについて私が明確に自分で選んだと思うのは、『赤い蝋燭と人魚』だ。それと『絵のない絵本』。思い出すだけで胸が締め付けられる。

その後、大人になって読んだ「靴を買ってあげましょうか」と言った話しは、まさに恋に落ちる瞬間、映画に出てきてもいいぐらいいいセリフだなあと思う。たまにつぶやく。ベタな表現だけど、キュンとする。

☆アナログハイパーリンクな読書 いわさきちひろ →『赤い蝋燭と人魚』小川未明 『絵のない絵本』アンデルセン

2018/06/17

だるまちゃんだった

アトリエの門の前にヤツデが植わっていて、わたしはいつもそれを見るとだるまちゃんのことを思い出す。てんぐちゃんみたいなうちわがほしいよう。

(だるまちゃんは)まだ幼い子どもですから、てんぐちゃんが持っているものがうらやましくてしかたがない。家に帰ると、お父さんのだるまどんに「あれが欲しい」とねだります。(かこさとし『未来のだるまちゃんへ』)

 

ちいさいだるまちゃんは なきそうになって
おこっていいました。
「ちがうよ ちがうよ まるでちがうよ」
(かこさとし『だるまちゃんとてんぐちゃん』)

鼻を花と間違えたお父さんに向かって、目を三角にして鼻の先にげんこつを2つ重ねて抗議するだるまちゃん。「ぜっんぜんワカッテナイ!」というポーズ。

子ども時代ってそうだった。あまりにも怒ると泣いちゃうよな、親が自分をわかってくれないと思うよな、おねえちゃんと同じものがほしくて「自分も!」って思うよな。昔は、だるまちゃんの視点で読んでいた。だるまちゃんは実際、かこさんが接してきた多くの子どもたちがモデルだそうだ。

でも、わたしはもう大人になった。

だるまちゃんが可愛くて仕方がないお父さんのだるまどんは、(略)
(かこさとし『未来のだるまちゃんへ』)

家じゅうの赤い花を集めてくれただるまどんの気持ちもわかるようになった。だるまどんを通して、両親や祖父母が自分のことを可愛くて仕方なかったという事実を知る。

あんなにトンチンカンだっただるまどんが、最後は大活躍してお餅で鼻を作ってくれるのもいいなと思う。最後は親が自分のことをわかってくれる、という安心を子どもに与える。何度も同じシーンが繰り返されるように見えて、ちゃんと構成されていることに気づく。

そういえば小学生のとき、学校に持っていくヤマト糊がないと泣きながら言ったら母は朝、米から糊を煮てくれた。小さなせっけん入れに入れて持っていったら担任の先生は何も言わなかった。「いい糊だね」と思ったのかもしれない。

それにしてもだるまちゃんはえらいなあ、ないなら自分で作ろうと考えるとこ。子ども時代ってわたしもそうだったろうか、もう忘れてしまった。

☆アナログハイパーリンクな読書
かこさとしさん逝去→かこさとし『未来のだるまちゃんへ』→『だるまちゃんとてんぐちゃん』

2018/06/10

久しぶりに「見ると見られる」

アートコレクターが経営するバーに、キュレータ、作家、研究者と行ってきた。店内のそこここにコレクションがうず高く積み上がり、そこの山の3冊下にアレがあるから、と言われて、これかな?あ、あった、あった!と宝探しの気分。

珍しいソノシートの音も聞かせてもらった。ペラペラのビニールなのに、ちゃんと音が出るのが不思議。よおく見ると溝が彫ってある。レコードプレイヤーの他にも古いものがたくさんあって、タイムスリップしたよう。

帰り際にサイン帳にサインをした。その様子をあとで写真でもらった。

えっ、わたし、作家っぽい!

一瞬そう思ったが、っぽいってなんだ、作家じゃないか。なんでそんなふうに思ったんだ?

店内を「見る」側だったのに、わたしも「見られる」対象だったことに、ほのかな驚きを感じた。わたしはいつもこんなふうに外界に身をさらして「見られて」いる。このテーマは2016~2017年に制作の中心だったのに、見ることに夢中でそのことをあの時間、忘れていた。

わたしは世界にどのような存在として理解されようとしているのか。ドローイングを描いたから美術作家だろうか、小説をお土産にもってきたから小説家だろうか、どちらも芸術活動の一環という立場でよいのか、迷いがあるか、そんなことが急に頭の中に出現して、動揺のあまり以前のサインを書いてしまった。


©Tooru Tsuji 島田コレクション「小柳」店内でサインする様子

『Polystyle CD』(上野耕路アンサンブル)所収「ジス・プラネット・イズ・アース!」のソノシート。スリル映画のようなゲームBGMのような不思議な音楽。持つ手が透けて見えるほど薄いシート状なのがわかる。レコードプレイヤーで針を置く感覚は小学生以来だった。

☆アナログハイパーリンクな読書 「小柳」→上野耕路

2018/05/21

溢れる

私は汗っかきで、夏には大汗をかいて水を飲むそばからその同じ量だけ汗が出る。次の汗がパイプの中で待機していて、ピンポンが押し出されて出てくるように。

いい本を読むと 私の中に言葉が溢れてくる。でもそれをノートに書こうとすると、流れが止まってしまって書けないのがもどかしい。生まれた言葉を書き止めておきたいのに。