カテゴリー別アーカイブ: アナログハイパーリンクな読書

2019/09/06

プロデューサー目線でブラッドベリを読む

7月、ショーン・タンが「あなたの好きな本は?」という質問に、レイ・ブラッドベリを挙げていた。会場は全員、大きくうなづいていた。私も訳知り顔にうなづいてみた。でも読んだことはなかった。

同じく7月、村上春樹が子ども時代の心の傷についてトリュフォー監督について書いていたので、本当は『大人は判ってくれない』が観たかったのだけど、手に入らなかったので、代わりに『華氏451』を観ることにしたが、この原作がブラッドベリだとわかった。

8月、『ポーの一族』展を観にいく。萩尾望都がブラッドベリ原作の作品を描いていることを知る。

そういえば昔シナリオの勉強をしていたころ、「ブラッドベリを未読だという人に対して人生を損していると思っていたが、最近は違う、「あなたがうらやましい、初めてブラッドベリを読む喜びを持っているのだから」と思うようになった」というようなことを書いていた人がいた。

今こそ、かもしれない、という経緯で読んだ『火星年代記』。

その水晶の柱の家は、火星の空虚な海のほとりにあり、毎朝、K夫人は、水晶の壁に実る金色の果物をたべ、ひと握りの磁力砂で家の掃除をする。
(ブラッドベリ『火星年代記』)

夜の明け方、水晶の柱のあいだからさしこんできた日の光が、睡眠中のイラを支えていた霧を溶かした。イラが身を横たえると壁から霧が湧き出て、やわらかい敷物となり、その敷物にもちあげられて、イラは一晩中床の上に浮いていたのだった。(略)今、霧は溶け始め、やがてイラの体は目覚めの岸に下りた。
(ブラッドベリ『火星年代記』)

「さあ、スカーフをして」夫はガラス壜を手渡した。(略)ガラス壜から流れ出た液体が、青い霧に変化し、ふるえながら夫人の顎にまつわった。
(ブラッドベリ『火星年代記』)

これは、宮崎駿に作ってほしい。行動一つ一つが丹念に描かれるのを見たい。きっと優美な動きをするに違いない。水晶の柱の家ってどういうのかしら。

それは翡翠色の昆虫に似た機械で、祈っているカマキリのようなかたちをしていた。冷たい空気をかきわけて、精巧に走ってきた。その体には無数の緑色のダイヤモンドがきらめき、複眼のように輝く赤い宝石がついている。六本の足は古代の街道を走るとき、俄か雨のような音を立てるのだった。その機械の背から、つやのある金色の目をした一人の火星人が、まるで井戸をのぞきこむようにトマスを見下ろした。
(ブラッドベリ『火星年代記』)

これはショーン・タンに。火星人と地球人が出会って不条理な出来事が起こり、やがて別れるのは、彼にピッタリのモチーフ。地球人は『ロスト・シング』の「彼」に登場いただき、火星人に会う。金色の目、と書かれているだけの火星人はどういう顔をしていて、緑の機械はどういうものになるのか、考えるだけでワクワクする。

 

地球にひとり生き残った男が他に誰かいないかと方々電話をしまくり、やっと一人の女を見つけて有頂天に、だが、実際に会ってみるとそれが醜女で、最後は彼は逃げ出す、という短編は、アードマンに作ってほしいけど、このままだと不愉快な話。女性は最初は美しいけど、ふと見ると顔面がドローっと溶けて、という別の短編を融合したら納得する話になりそう。ウォレスはすぐコロッといっちゃう男だから、最初は花なんか贈ってメロメロなんだけど、ホラーチックにして、最後はグルミットと一緒なら幸せさ、なんていう結末に。

 

「200年後、火星の少年が親に隠れながらベッドでこっそり僕の本を読む」と言うブラッドベリは幸福な作家だと思う。火星が、ブラッドベリの目には明らかに見えているのだと思う。

https://book.asahi.com/article/11642917 書評「火星で僕の本が読まれるだろう」川端裕人

 

ショーン・タン、宮崎駿、アードマンという制作者に依頼したい、というプロデューサー目線で読んだが、トコロデ「アナタは作家である。自分自身に依頼したいと思わないのか」といえば、正直言うと、わたしにはまったく火星が見えないのだ。ブラッドベリの書く情景はもちろん見える。読書とはそういうことだ。だけど、それをもっと拡張させて、こういう世界だ、ここには描かれていないがこういうこともあるのではないか、つまり「ある」ようには考えられない。

それで、わたしは、ああいった作品を作っているのだと思う。つまり、何かできごとに接し思ったことを書く、という随筆的な作品を。文字通り鴨長明。

 

☆アナログハイパーリンクな読書
ショーン・タン スカイプトーク@日本女子大、萩尾望都→レイ・ブラッドベリ作 小笠原豊樹訳『火星年代記(新版)』←トリュフォー『華氏451』←村上春樹「猫を棄てる」

2019/09/01

ナイトプール行ってきたー♪

周りは暗くて、背泳でプカプカ浮かんでいると、夜空しか見えない。

青い人工的な光と、水中のくぐもった音。

この感じ、なんだろう。ほかにはない気持ちの良さ。

宇宙ってこんな感じかなと思う。

オープンすぐは誰もいなくて、辺りもまだ明るくて、飛び込み台もないから、けのびした姿がデビッド・ホックニーの絵みたい!とか、

もぐっている人を上から見下ろすと、21世紀美術館の常設作品みたい!とか

光るボールをさわるとチームラボみたいに色が、、、あ、変わらないね、とか

考えることが美術作家っぽくなってきたなと自分で思う。

 

「採暖室」という名前のサウナがあって、室内にはクラシックが流れ、目の前には素通しの全面ガラスごしに、屋内プールの青い水がゆらゆらしている。たまに上手なスイマーがバタフライで通ってターンしていく。

エンドレスな感じ、このサウナ、最高!

目の前がガラスになっていると、狭い部屋に押し込められた感じがない、他のサウナでもこうすればいいのに、と思ったが、考えてみると、サウナ室の一辺をガラス張りにしたところで、見えるのはみんなの裸。ごしごし体を洗ったり、暑さでふへぇえとなっている顔。見られるのも見るのもちょっとな。断熱の効率性の問題かと思ったが、だからか、他のサウナでこうなってないのは!

2019/08/29

文学と建築で目を喜ばせる軽井沢旅行1/4

夏は軽井沢へ、母の知人が出演するというので加賀乙彦作品の朗読を聞きに行った。『永遠の都』、夏にふさわしい作品だった。陸軍幼年学校に通っていた主人公は、市井の人々は、終戦日前後をどう受け止め、どうすごしたか、当時の感じが浮かび上がってきた。

加賀乙彦さんとの集合写真に私も混ざっています。わーお!『死刑囚の記録』、高校生の時に読みました!とはとても言えなかった。後列中央は朗読をした女優の矢代朝子さん。朗読は解釈であると言っていたのが印象的だった。

会場は、フランス文学者、朝吹登美子の別荘「睡鳩荘」。ヴォーリズ設計。別の場所にあったものをタリアセン内の塩沢湖畔に移築された。テラスに座って湖をながめるこの配置はもともとここに建ってたかのようにぴったり。

軽井沢では秋や春も暖炉を焚くこともあるという。暖炉がしっかり作られている設計。白い大きな煙突が2つ。

暖炉の上のハンティング・トロフィーは水牛だろうか。これが外から見た大きな煙突のほうの暖炉。朗読はリビングでおこなわれた。40人満員。

リビングにさりげなくバルビエの作品が架けられていた。はわわ。さすがフランス文学者。バルビエの作品は一瞬でそうだとわかる、吸い寄せられる、個性的で、特有のにおいを発している。作家として大事なことだ。

ポット!ポット!ポット!(私はポットが好きだ。とくにこんなデザインのポットは!ほしいほしいほしい。)

池側から睡鳩荘に近づいてみた。ぐいぐい進むと次々に見せる姿を変える様子が面白い。あれ、この光景はなんだか見覚えがある、そうだ『思い出のマーニ―』だ、と思った。

アメンボボートに乗る。ペダルをこぐと湖面をぐいぐい進む。鴨が人間なんてへーだ、と我が物顔で泳いでいる。羽根が青くて美しい。夏は楽しい。

☆アナログハイパーリンクな読書

母→矢代朝子→軽井沢演劇部朗読会「加賀乙彦を読む『永遠の都』」→加賀乙彦『永遠の都』→朝吹登水子

2019/08/14

脳裏には、思考が脱線し、枝分かれして、浮かんでいる

ショーン・タンを訳している岸本佐知子が翻訳した『中二階』は、男がエスカレータに乗り中二階に立つまでのほんの短い時間に彼の頭に浮かんだ事柄だけを微細に描いて一冊の本にした小説。この概要を見ただけで、これは今わたしに何かを与えてくれる本かもしれないと確信があった。

与えてくれる、というのは正確ではない、自分の考えを明確にしたり強化したり再確認したりする一助になりそうだいうことだ。

この作品が世に出た当時のアメリカ文学の傾向をうんと大雑把に一言で言い表すなら、それは“大きい物語”と“小さい物語”の二極化、ということだった。(略)ところがベイカーの『中二階』が差し出したのは、その“大きいー小さい”をのレベルを超越し、“極小(ナノ)文学”とでも呼びたいような、新しいスケールの小説世界だった。そしてそこには、いままでどんな小説も表現しえなかったような、全く新しい種類の美があったのだ。
(『中二階』訳者あとがき)

「極小(ナノ)文学」というのはいい表現だな。

一つのことを語る過程で思考は枝分かれし、増殖し、脱線に脱線を重ね、ついには膨大な量の注となって本文をおびやかす。
(『中二階』訳者あとがき)

そうなんだ、わたしも制作していてそのことに強く意識する。その状態への発見もあった。そして、理路整然とした目的のある文章にはない種類の表現が、そこにはある。

一方、語り手についてはほとんど明かされず、たぶんにnerdの傾向が、と岸本は書いている。このところ、nerdっぽい作品のことばかりわたしは気にしている。

☆アナログハイパーリンクな読書
ショーン・タン→岸本佐知子→『中二階』ニコルソン・ベイカー著 岸本佐知子訳

2019/08/13

コーネルは元祖引きこもりではなかったのか

『ジョゼフ・コーネル — 箱の中のユートピア 』を読むと、コーネルは元祖引きこもりだと思う。うつむいて爪を噛んでいる子どものまま大人になった、そういう美術家像だ。道に捨てられた小っちゃいものをコチャコチャと集め、骨董屋や古書店に通い、自室であこがれの女優のブロマイドを切ったり貼ったり。ギャラリーで作品が売れそうになると手放したくなくなって値を上げたいと言ってみたり、美術館での個展でもまるで自分のじゃないような風に会期半ばにふらりと行くだけだったり。

その気持ちワカルと思った。親近感を持っていた。

だが、川村美術館の展示(2019)を観ると、どうもそうでもなさそうだ。

パトロンや美術家と手紙のやり取りを頻繁にしている。デュシャンやマッタへの手紙が展示されていた。(マッタの返信は色鉛筆で一文字ごとに色を変えて「M A T T A」とサインを描いていて、小学生の女の子の手紙みたいでかわいい!日常的にそういうことをやっていた人なんだと思われる。)

いや、でも、引きこもりながら手紙をやり取りするタイプはいるからとは思ったが、映像作品を作るのにカメラマンに依頼している。外での撮影では数人とやり取りをしたり指示をしたりしているはずだ。え、人付き合いが苦手で家族としか付きあわない人じゃなかったのか?

これまで思ってきたコーネルの人物像が変わった展示だった。

 

☆アナログハイパーリンクな読書
草間彌生個展(国立新美術館)→草間彌生自伝→『ジョゼフ・コーネル — 箱の中のユートピア 』デボラ ソロモン (著), 林 寿美 、太田 泰人 、 近藤 学 (翻訳)→企画展「ジョゼフ・コーネル コラージュ&モンタージュ」@川村美術館

2019/08/11

単純な質問をどう考えるか 大島渚と田名網敬一

前に書いたことだけど、話がどんどん分かれていって最初とは離れてしまうのであらためて書く。

「なぜデビッド・ボウイを使ったのか」カンヌ映画祭の十日間、一日8回、計80回聞かれた質問だったと大島渚は書いている。

ボウイと仕事をしたことは楽しいことだったから、いちいち丁寧に答えた。しかし一日で八回ともなれば、さすがに疲れてイヤになる。「ボウイを使って悪かったのかよオ。もしピッタリじゃないと思うなら、ほかの役者の名前を言ってくれ」と言いたくなる。もっとも言いはしなかったが。

(『戦場のメリークリスマス』DVD封入ブックレット)

出展を控えて、少しナーバスになっている。またいつもの質問されるんだろうな、いったいなんなの、けんか売ってるの、とイヤになっているが、大島渚でも何度も余計な質問を受けなければならなかったのか、と思うと少し気が緩んでくる。外野からすると、そうはいっても聞きたくなるなあ、映画見ればわかるだろ、と思うけど、起用したのはどうして?とそれでも聞いてみたい。つまりすばらしい、と言いたいのだろうけど。

あっこれか! いや私の場合は違うだろうなあ。だからなんて答えたらいいのかいつもわからない。何を意図している質問なのか。そう聞き返してもいいのだろうけど、そうするとかえってこちらがけんか売ってるみたいになってしまう。その先の話をしようにも、その前で止まってしまうことにいら立ちを覚える。

「この映画をつくるに当たって、ニッポンとヨーロッパとどちらの観客をより強く意識したか」という質問もニ、三あった。
「私はもう十五年も世界の映画界に生きている。ジャン・ルノワールのいう映画の共和国の市民である。どこかの国を特に意識することはない。(後略)

(『戦場のメリークリスマス』DVD封入ブックレット)

このすばらしい回答によってわたしは大島渚を好きになった。


田名網敬一の個展を観にいこうと思ったのは、「情熱大陸」を観たせいだ。インタビュアーが不用意に作業中の田名網に向かって「どうして戦闘機のモチーフを何度も使うのですか?」と尋ねる。田名網は鋭い目を向けて、あのさあ、と少し高い声で言う。その後、そんなに簡単に答えられるものじゃないからさ、と場所を変えて答えている。

私は単純だから、あ、この人はいい人だなと簡単に思う。今まで暴力的で怖いと思っていた作品が、違って見えた。

(余談だが、大学の公開講評会で、展示向きじゃないと指摘された学生に対して、うん、でも展示しようと思ってないわけでしょ、自分に必要だからなんでしょ、だからこれで進めていけばいい、と言っていたのも、良い指導者だなと思わせた。)

 

自分の精神衛生上の観点から言えば、想定問答集を作っていけばいいだけの話かもしれない。だけど、大島渚や田名網敬一でさえ、野暮な質問にさらされているのを考えれば、自分の未熟さだと思い込まないようにしたい。

質問はなくてもあってもむずかしい。だからこそ世の中「良い質問」というのがあるわけだけど。

 

☆アナログハイパーリンクな読書
坂本龍一→『戦場のメリークリスマス』→大島渚
「情熱大陸」→田名網敬一「田名網敬一の観光」(@ggg)
二人とも作品は暴力とセックスが入っていて本来私は苦手なはずなのに。

2019/08/11

音楽と条件反射と鼻歌DJ

朝目が覚めてからスマホでtwitterを見たり、ぐずぐずゲームをやったり、かえってイライラしてなかなか起き上がれないので、癒しのために久石譲の音楽をかけてみた。気持ちが落ち着いたら、起き上がって朝食を食べよう。

さて、数日それを続けると、音楽を聴いたら即起き上がるよう、反射的に行動をとっていた。おそるべき条件反射。パブロフの犬。

ところで、作業中も音楽をかけていたら、連続再生でいつのまにか坂本龍一の音楽になっていた。しばらくして一人でアカペラでハミングしていたら、あれ、戦メリかラピュタかわからなくなってしまった。音楽を覚えるのがわたしは苦手だ。いつのまにか別の曲が合わさってしまうことがよくある。この状態を指すよい言葉はないものか。空耳アワーみたいに、たとえば鼻歌DJとか。

音楽をめぐるこんな出来事があって、戦メリのことを思い出したので映画を観た。

 

すごくむかしの記憶で思い違いかもしれないとも思うほどあやふやだが、小学生かなんかの遠足のバスの車中、運転手の頭の後ろあたりに設置された小さいテレビで、この映画が流れていた。私は車中がにぎやかな中なぜだかずっと観ていて、最後のたけしのセリフと笑った顔のシーンで泣いたように思う。内容がわかってのことかどうか、思えば小学生にわざわざ観せるような映画とは思われぬ、当時DVDはないからテレビ放映だったのか、1983年公開時私は10歳だからありそうなことだ。

その後、高校時代に『エイリアン通り』に「戦メリ効果」と言うセリフが出てきて、少し思い出した作品。

 


以下、余談。

「なぜデビッドボウイを使ったのか」カンヌ映画祭の十日間、一日8回、計80回聞かれた質問だったと大島渚は書いている。

ボウイと仕事をしたことは楽しいことだったから、いちいち丁寧に答えた。しかし一日で八回ともなれば、さすがに疲れてイヤになる。「ボウイを使って悪かったのかよオ。もしピッタリじゃないと思うなら、ほかの役者の名前を言ってくれ」と言いたくなる。もっとも言いはしなかったが。

(戦場のメリークリスマス DVD封入ブックレット)

出展を控えて、少しナーバスになっている。またいつもの質問されるんだろうな、いったいなんなの、けんか売ってるの、とイヤになっているが、大島渚でも何度も余計な質問を受けなければならなかったのか、と思うと少し気が緩んでくる。外野からすると、そうはいっても聞きたくなるなあ、映画見ればわかるだろ、とも思うけど、起用したのはどうして?とそれでも聞いてみたい。つまりすばらしい、と言いたいのだろうけど。(あっこれか! いや私の場合は違うだろうなあ。だからなんて答えたらいいのかいつもわからない。何を意図している質問なのか。そう聞き返してもいいのだろうけど、そうするとかえってこちらがけんか売ってるみたいになってしまうから面倒だ。)

「この映画をつくるに当たって、ニッポンとヨーロッパとどちらの観客をより強く意識したか」という質問もニ、三あった。
「私はもう十五年も世界の映画界に生きている。ジャン・ルノワールのいう映画の共和国の市民である。どこかの国を特に意識することはない。(後略)」

(戦場のメリークリスマス DVD封入ブックレット)

このすばらしい回答によって大島渚を好きになった。

☆アナログハイパーリンクな読書
久石譲→坂本龍一→『戦場のメリークリスマス』

2019/08/11

ジョゼフ・コーネルとサイ・トゥオンブリー

6月だったか川村美術館にコーネルの企画展を観にいった。箱の作品がたくさん展示されていて、鑑賞者もコーネル目当てに来てる人ばかりとみえ、一つ一つじっくり夢中になって観ていた。静寂な中に一種異様な興奮が会場にあった。みんな好きなんだなと思った。もちろんわたしもそうだ。なろうことなら、ためつすがめつ一晩横に置いて寝てみたいとさえ思う。ちょっとなでてみたりして。

ジョゼフ・コーネルの箱は(略)何だか見覚えがある気がするのはなぜだろう?(略)「私は関係のネットワークからできている」と箱は語る。鳥、はしご、花、日時計、地図、キツネなどはビアの人生や人柄を象徴している。それぞれについて具体的にはわからないが、ひとりの人生の地図をこのように、シンボルを組み合わせて描くという着想は面白い。箱には自身の記録がぎゅっと詰め込まれていて、アイデンティティ同様移ろいやすくぼんやりとした何かを、とっかかりやすく手の付けられそうな形で表している。

(『美術は魂に語りかける』アラン・ド・ボトン、ジョン・アームストロング著)

川村には常設でサイ・トゥオンブリーの部屋がある。本書では、アートの役割の一つ「混沌とした自分自身を理解する」、その一例としてコーネルに続きサイ・トゥオンブリー作品についてこう書いている。

サイ・トゥオンブリーの暗くて、引っ掻いたような何かを暗示するような作品は、自分でも気づかなかった面を映す鏡のようだ。(略)表面の明るく細い線は、黒板に書かれて消された言葉のようで、シミは星空にかかる雲を思わせる。それぞれが何なのか見きわめる必要はない。私たちは今、何かがわかりかけてきた瞬間に立っている。

(『美術は魂に語りかける』アラン・ド・ボトン、ジョン・アームストロング著)

それでわたしはコーネルもトゥオンブリーも同じように惹かれるのかと思う。とてもパーソナルな部分に訴えかけてくる作品として。私も制作でこれをしようとしているのかと思う。

これまでわたしはいつも、自分の考えた事柄を描いてそれを誰かほかの人が観て、だからどうだというのだろうと自問してきた。

だが、小説を読むようなものと考えればよい。誰かの、考えてみれば自分とは何のかかわりのない他人の物語を読むことに何の意味があるか。その他人の身の上に起こった事柄を味わうことで感情が深く動かされる。彼我に共通点があるかどうかは問題ではない。それなのに、漠然と自分のことだと思う、あるいは自分でも気づかないことを映している気がする。

 

☆アナログハイパーリンクな読書
DIC川村記念美術館→『美術は魂に語りかける』アラン・ド・ボトン、ジョン・アームストロング

2019/07/23

仮にこう考えてみる

私は自由に生きているように見えるらしいが、生来まじめなので、こうあるべき、こうしなくちゃ、これはすべきでない、と自分を縛っているところも多く、息苦しくなる時がある。

ばななさんにメールしようかと思ったんです、卵ステーキ。でも、やめました。今メールしたら、『ユリイカ』にちょっと書くんですとかいわなくちゃいけないし、(「二〇一九年のばななさん」飴屋法水 『ユリイカ』2019年2月号)

飴屋法水という人は、パフォーマーとしての活動を急に10年間休止し、先ごろ復活したが、どこで何をやっていたか不明で、ただその間に結婚し子どももいつのまにか持っていた、という人だということは知っている。ううむ。自由すぎる。

飴屋(法水)さんも、九〇年代前後には俳優を高速回転イスに乗せてひたすら回させつづけてたり、血液をその場で輸血したりと、かなり過激なパフォーマンスをやっていました。(インタビューでの吉本ばななの話『ユリイカ』2019年2月号)

文章を読むと、この自由さは、と唖然となる。肩の力が抜けてていい感じ。奇をてらってもいない。

くるみはなんと今年から中学生です。(略)学校は半分くらい行っているし、よく笑ってるし、それ以上、望むことを思いつきません。彼女の将来のこととか考えようとはするんです。するんだけど、なんか面倒くさくなってしまって考えるのを止めてしまいます。一ヵ月先のことも考えられない。どうしてこんなに考えられないのか。人としてなにか足りないのかもしれません。(「二〇一九年のばななさん」飴屋法水 『ユリイカ』2019年2月号)

それに比べて私はなんと不自由なんだ、と思う。

ま、前よりはましかもしれないけど。

私は22歳から急にモノを作ることを始めた。どうして?と思われやすい。

だけど、自分の半生を仮にこう考えてみる。

本来作り手だった。でも、ずっとそのことは表に現れていなかった。何かの拍子にそのシールドが外れて、作り手である自分が表に出てきた、と。

だから前より自由になってきたとはいえるかも。

あっそれと、私は子どもに絵を教えているから、親に不安を与えるべきではないと思っている(ホラ、まじめが出た!)。教えているときのわたしは、作家としてのわたしとはまったく別の側面でいる、と分けているのだけど、ちゃんと理解されているのかどうか、、、。いつか統合されるときがくるといいけど、それもどうだろう。磯崎憲一郎、小椋佳にどうやっていたのか聞いてみたい。

☆アナログハイパーリンクな読書
吉本ばなな→飴屋法水

2019/07/22

サウナーついに日本一のサウナに行く

『サ道』で、「もはやしきじと言うだけでととのう日本一のサウナ」と褒めちぎられている静岡にあるサウナ「しきじ」。ついに行ってきた。

一緒に行ったのがサウナを好きでも嫌いでもない人だったので、誘っちゃったけど大丈夫かなと最初は気を揉んでいたが、何度も出たり入ったりを繰り返しているうちに「ととのって」きたのか、だんだん気にならなくなった。水がうるうると体に浸透してくる。体と親和性が高いと感じる。

「何がいいの?」と聞かれて、「水風呂の温度がいいと書いてあったよ」と答えると、怪訝な顔。言われてみればそうだよな、どういうこと?って思うよな。実際に入って感じたのは、天然水の成分が体にいいのじゃないか。温度はまあ調整できるけど、水は土地の物だからほかの施設が真似ができないのもうなづける。

ろくに化粧水を付けなくとも、出た後も、時間がたっても、肌がつるつるうるうるもちもちで、全然乾燥しない。これか!と思う。水だいじ! 一緒に行ったのは静岡に住む友人。いいなあ、私も家のそばにあったら通っちゃうのにな。

☆アナログハイパーリンクな読書

『サ道』(タナカカツキ著)→サウナ「しきじ」

あとはヴィヒタで体をたたくのをやりたい。