カテゴリー別アーカイブ: atelier_recent 最近の制作

2018/04/23

ぼくの手が本になったよ!!!

ぼくの手が本になったよ!!!

大学の紀要に載ったんだ!!!

立派な本で、立派な人たちの作品と並んでとっても嬉しい!!!

早稲田現代文芸研究08 (2018年3月15日発行)

編集発行 早稲田文芸・ジャーナリズム学会

「第八回多和田葉子&高瀬アキワークショップ報告」(松永美穂教授 著)中、WS参加者の作品として掲載された。

なお、学術雑誌のため市販はされていません。

青山南! 多和田葉子! 伊藤比呂美!わあああああぁあ!!!

wsについては

早稲田大学でのWS作品の今後

2018/04/02

最初の作品はとにかく作ることが大事

初めて制作する形の作品。最初から大傑作を、完全なものを作ろうとすると一歩も進めない。

とにかく作りきること、完成させることを最優先にした。

最初のアンパンマンは泣きそうな顔だったし、最初のドラえもんは無表情、最初のちびまる子ちゃんはシニカルだった。

でも、作者たちがたくさん描くことで、どんどんかわいく磨かれていった。だから、私も最初の作品の出来はそれほどでなくとも、まずは作って次も作っていこう。

そのぎこちなさの中に、その後の大いなる展開の萌芽があるはずだから。

週末、そう何度も自分に言い聞かせて制作した。とにかく作った。できた。できてよかった、とまずは思った。

この作品は、今までの作品と大いに異なる点がある。ここはだめだ、ここはいい、もっとこうで、これじゃない、とはっきり自分でわかる。ディテールも、構成も、自分がよくわかる。ディテールを直すと、すごくよくなったのがわかる。それがうれしい。もっとよい作品になればもっといいけど、というのもわかって少し不満を感じる、それもまたうれしい。私がこれまで吸収してきたものたちを総動員して作っている。

2017/12/26 2017/12/24

同業の夫婦、協働する夫婦

知り合いの画家夫妻。妻も夫もSNS、ブログでそれぞれが情報発信している。制作、展示以外に個人的な話も出る。

妻のほうのwebページをよく見ていたが、ふと思い立って 夫のほうものぞいてみた。すると、妻から見た夫や夫の制作と、夫本人による自身や自作について、芸術に関する考えとがずいぶん違う。いや相当違う。妻の発信する夫の発言によってそういう人だと思い込んでいたが、そうではない。いや、そうではないと断定するほどではないのかもしれない、そういう面もあるのだろうけども、そうでない面もあるということか。いずれにしても、自分が考えていたその人像が崩れて、混乱している。

この夫は、相当に先鋭的な考えを持っているが、妻に対してはただの甘い夫である。制作についての考えも異なる。私は、妻のほうとはあまり話が合わないが、夫のほうとはやはり話が合うかもしれないなあと思う。でも妻の話す「夫」とは、話が合わなそうだ。夫婦と会うと夫の本音が聞けそうもないので、夫とだけ会いたいが、そうもいかないだろう、夫婦とは面倒なものだ。

ふとわが身を振り返ってみる。以前は、夫と同じ考えを持っているように振舞おうとしていた。当然無理があって破綻したのだが、夫婦といえども独立した個人、同じ考えのはずがないとの前提がある一方、協働する場合はある程度共有はできていて対外的にすり合わせ済みなはず、と思われるだろう、クリントンしかり、オバマしかり、トランプしかり。しかし、そうだろうか、妻が合わせてきたのではなかったか。夫の上司に「夫がお世話になっております」とあいさつする妻はいるだろうが、妻の上司に頭を下げる夫がいるだろうか。

だんだん、話が横にそれてしまった。


このところ、キュレータのSさんや画家のNさんに、以前の作風がよかったのに、と立て続けに言われることがあり、それならまた描いてみるかという気になっているところへ、くだんの夫婦の夫が「こういう絵こそ観たい」と言っている絵が、まさに私が当初描いていたものだった。

Sさんは「独特の線」と言っていた。

Nさんに話を聞く際、隣りにいたメディアディレクターのKさんも後日、「独特の線」という言葉を使っていた。

自分には固有の線がある! 人としてこれほど嬉しいことがあるだろうか。しかも幸運にも自然に描くことができる線だ。

描いてみた。描いているときそのペン先の一点に集中する。線ではなく、点だ。できたもの、は、すでにわたしから離れたもの、本来は消えているはずのもの。これをゴールに作っているのではない。描くそばから消えていくはずのもの、時間のように。

だから制作と展示がうまくむすびつかなかったのだ、と今はわかる。でも、それを観たいという人がいる。それなら、と思う。

2017/12/03

即興と朗読

3331の会場は4年前に即興のドローイング作品を初めて展示した場所。早大での多和田・高瀬の両氏によるWSは、ここでの受賞者展の方向性について思い悩んでいたときに出会ったものです。思えば深いゆかりのある場でした。朗読を初めてしたらそういう機会が急に降ってきて、不思議なことがあるものだと思っています。

2017/12/03

子犬ころころ

主宰する小学生の絵画教室で干支の工作をしました。おもちゃのような置物に、紅白のヒモをつけてめでたさ100倍。半球の木でできているので、指でつつくとコロンコロンと、動きもかわいい。

耳、目、鼻、3つの単純なパーツでも、組み合わせ次第で表情は無限。デザイン画をいくつも描いてから本番制作。たくさんあるとそれだけで楽しくなる。こうするとスヌーピーみたい、ブルーナのくんくんっぽくなった、鼻を赤くして奈良美智の犬、イオンにもいるねWAON!

できたできた。並べると賑やかでまたいいねえ。みんな工作が大好き。お迎えに来たお母さんやお父さんに見せて嬉しそうに持って帰る。

そういう様子を見て私も何かをもらう。

2017/11/30 2017/11/20

早稲田大学でのWS作品の今後

DVDを後日頂けるそうです。楽しみに待とう。せっかく高瀬アキさんとセッションしたのに、緊張してほとんど覚えていない。どんなふうなピアノの即興曲だったのか、自作がどう変わったのか。

それで原稿は、松永研究室主催の学術研究だったため、早稲田大学文化構想学部の紀要に掲載されます。自作が印刷されて本に載るなんて本当に嬉しい。他の方の作品を文字で読むのも楽しみ。みんなプロやセミプロで、すごい作品ばっかりだった。

先の楽しみが二つ。もう少し生きよう。

追伸

早稲田大学のサイトに掲載されています。

「多和田葉子・高瀬アキ パフォーマンス&ワークショップ 盛況のうちに終了」

https://www.waseda.jp/culture/news/2017/11/17/4011/

左から松永先生、私、4人おいて、多和田葉子さん、高瀬アキさん。

この写真はもう一生の宝物。

サイトより

2017/11/19

3331での朗読終わりました

数日前、早稲田大学で初めて朗読して、
これは私がすごく好きな感じだ、と思ったので、
ちょうど、3分何をしてもいい場がある、というお知らせをもらい、
これは天の采配と思い、プレゼンターにエントリーしました。
環境がどんなに適さなくても(音とか照明とか観客とか)、
時間がオーバーしようが、
中村ディレクターが中止と叫ぼうが、
強行突破して読もうと強く思っていました。
最後まで逃げずに読めて、そのことが私にはとてもうれしく意味のあることでした。
以前より、強くなった気がする。
早大のWSではとてもいいことがあったので、何度も何度もそのことを思い出して、自分を励まし続けました。
以前なら、すぐに逃げ出していたと思う。自分から茶化していたと思う。
でも早大のWSでは、他の出演者が自作について真摯な態度でいたので、それが私によいシャワーのように降り注いでいた。
こういうよい体験は人にとって良い影響を終わった後にも及ぼすのだなあと思う、つまり逆もあるということ。良いことばかり集めるなんてできないし、良いことは多くはない。良きものを大事に手のひらの上で持っておこうと思う。
今日、私が読めたのは、3331のスタッフの方のご協力があってのことです。この言葉、よく使われるけど、今日は本当にそうだった。私の意図を汲み、「うまくやって」くださったのです。ありがたいことです。
会場は私にとって懐かしい場所でもありました。4年前、ここで展示をしたなあ、と天井のちょっと特殊な照明器具を見ながら思い出しました。
2017/11/19