カテゴリー別アーカイブ: 美術鑑賞

2019/11/10

大きなサイズの絵を描くことと「ちょっくら江戸へ」深川江戸資料館

このところ、書くのが怖くなったり、書きたい主題が固まってから、とか考えすぎていた。もっと気楽に書こう。

今日は、搬入に行った帰りに、清澄白河の深川江戸資料館に行った。杉浦日向子さんの企画展が明日までだった。1年間やってるからいつか機会を見てと思いつつ、いつのまにか会期終了間近に。搬入がスムーズにいかなかったら無理だな、あきらめるかと思っていたが、思いのほか早く終わったので、寄ることにした。大丈夫、今から行けば、1時間見られるよっ!

 

だけど、その前に搬入の話。

アトリエで描いてるときは、「この絵、相当大きいなあ」と思う。電車に持ち込むときも、あんな大きなもの持ち込んで大丈夫かなと思う。でも、搬入するときは、部屋が大きいから絵がそれほど大きく思えない。あれ、これぐらいのサイズだったっけ?と拍子抜けする。

だから、アトリエで描いてるときも、正しいサイズ感をもって描いたほうがいいんだろうなと思う。とはいえ、空間の感覚っていうのはむずかしい。経験を積んでいくしかないと思う。

搬入は、他の作家も来ていて、みんな一人で黙々と作業をしていた。梱包を解いたり、電動ドリルで作業したり、プチプチをしまったり、だ。ああいう姿をみると、絵は相変わらずアナログで、一人で描くものだなあと思う。

思うに任せないことも多いが、大きい絵を描ける今の状況に感謝しようと思う。以前のアトリエでは、絵を置きっぱなしにしたり、壁に仮に架けたりすることができなかった。気を回すことが多くて制作に集中できなかった。制作に倦むときも、この状況が続く保証はまったくない、来年はどうなるかわからないのだから今描くしかないと鼓舞した。制作する気持ちがなくなることが一番こわい。気持ちがあるうちに制作せねば。

少し年若の知人の作家が、とにかく続けていけばいいんだからとこともなげに言っていた。前を向く決意表明だろうと思うが、私は続けられなくなることはあると思っている。家庭環境、住む場所、仕事の状況、急に病気になることだってあるし、そもそも気持ちが向かなくなることも。私は経験があったから、簡単にはうなづくことはできなかった。確かに若い人は自分の気持ちのコントロールが可能だと信じているものだ、私も。

今は、制作できる今の状況に感謝しながら(うわ、自分で言って鳥肌がたつ!)、日々を過ごしていこうと思う。


それで、深川江戸資料館。知人がすごく楽しかったよ、と言っていたので、ずっと行きたかったけど、清澄白河はうちからちょっと遠い。何かのついでにいけたら、と思っているうちに1年がたっていよいよ杉浦展が終わってしまうので、今日むりやりに行けてよかった。

江戸時代末期の深川佐賀町の町並みが復元されていて、長屋に上がり込んで、生活道具を自由に触れる。台所にお茶碗、枕にお布団とか。おい、はっつあん、なんだいくまさん、と落語の舞台になりそうだ。次は誰かと一緒に行って落語みたいに即席コントをしたい。

海外のお客さんもたくさん来ていて、ボランティアスタッフによる英語の解説を彼らに交じって一緒に聞いた。道具を手渡し、これを使ってみろとか、何に使うと思うかとか、船宿を指しながら川遊びではなくタクシーである、ここで客が待っている、これは川ではなく人口の運河だ、お稲荷さんは今でもコンビニで買える、といった解説がなんだか楽しい。

その向こうではオランダの灌漑とはこの点が違ってとか難しい話をしている人も。

長屋の井戸のそばに外国人の4人家族がいて、私が通りがかると、9歳ぐらいの女の子が私に向かって、あ!と指をさす。ん? すると彼女は自分のセーターを指さす。あ、セーターの柄がお揃いだね。彼女のセーターはウッドストックで、私のはスヌーピー。隣りには学校に上がる前ぐらいの妹がいて、彼女はスヌーピーとウッドストック。私の胸のスヌーピーを人差し指で直接触ってきた。同じだ同じだ、というようなことをキャッキャと言っていた。こんなとき何かおしゃべりができたらよかったのにね。日本語が一切できなそうだったので、きっとツーリストだろう。それにしても、小学生にとってお揃いっていうのはうれしいものなんだなと思う。

英語のガイドさんは生き生きと解説をしていて、お客さんとのやりとりも丁々発止、江戸時代の博物館に行ったのに、かえって海外の観光地に来たような気分になって、もう少し英語ができたらなあと思いつつ、浮かれついでに深川めしの素を買って帰った。

 

杉浦さんが語る江戸の人々の暮らしは本当にいい具合にいい加減で、のんきで、言葉は粋で威勢がよくって、どっちに転んでも生きていけるさという気分になる。

「猪牙掛かり」猪牙舟のように威勢のよいこと。威勢よく物事を行うさま。

ふうん、ちょきがかり、ちょきがかり、でいこうか!


では、タイムマシーンに乗って、ちょっくら江戸へまいりましょう!

火の見櫓が見える。長屋の屋根に猫。

猪牙を待つ船宿

天ぷら屋さん

長屋 クローゼットがないから下着はどこに置いたと思う? と問いかけられた。屏風の向こうに布団と枕を隠しておいた。銭湯に持っていく風呂桶の中には軽石と手ぬぐい。正面の戸棚にはお茶碗、箱膳も。台所ではご飯を炊くのとみそ汁を作るだけ、おかずは煮売り屋から買えばいい。シンプルな暮らし。


長火鉢と鉄瓶

仏壇もある。桐のタンスの引手って昔っから変わらないなあ。


どこの家にもちゃあんと神棚があるのがおもしろい。

深川江戸資料館 https://www.kcf.or.jp/fukagawa/
企画展「杉浦日向子の視点 ~江戸へようこそ~」
2018/11/13(火) ~2019/11/10(日)

2019/09/11

高畑勲展

「高畑勲展」を観に東京国立近代美術館へ。

高畑さんは尊敬する人。生き方が憧れ。クリエイターだけど研究者肌で。

学生時代に衝撃を受けて何度も観た映画について研究して本を書いて、後年、その映画の作者の詩のアンソロジーも作った。日本のアニメーションの起源を絵巻物に求めた。フランス文学を学んでフランス映画が好きで、フランスのアニメーションをたくさん日本に紹介した。こんな素晴らしい人生ってあるかな。

展示品のジオラマ

子どもの心を解放し生き生きさせるような本格的なアニメシリーズを作るためには、どうしなきゃいけないのかということを一生懸命考えた。
『高畑勲展――日本のアニメーションに遺したもの 』(東京国立近代美術館)

ハイジの、厚着していた上着を脱ぎ捨てて自由になっていくシーンは、心を解放させる過程であることに気づく。かぐや姫も一枚一枚着物を脱ぎ捨てて駆け抜けていく。私たちを束縛するものの象徴としての服。今でも。

『かぐや姫の物語』は、公開時の社会の雰囲気を覚えている。内容ばかりが議論されて、「線は非常に生き生きしたものを表現する力があるんじゃないか」それを実現するための途方もない挑戦については知らなかった。大きいスクリーンで見直したい。

スケッチがキーワードとなった『かぐや姫の物語』では作画における、線の途切れ・肥痩(ひそう)・塗り残しこそが重要だとされました。
『高畑勲展――日本のアニメーションに遺したもの 』(東京国立近代美術館)

「背後にあるものを感じられる線そのものの力」この言葉にわたしも力づけられた。

 

思わずいろいろ買ってしまった。

パパンダの指人形。かわいいかわいい。PCのデザインにマッチしている。

「こんにちは、おじょうさん。よいお宅ですね。特に竹やぶがイイ!」

パンちゃんのマグカップ。かわいすぎる。「おべんと、おべんとー」

2019/09/08

文学と建築で目を喜ばせる軽井沢旅行3/4

三笠ホテルは、軽井沢駅からレンタサイクルで行く。

暑いけど、森の中に入ると涼しい風。

 

別荘地を抜けて、人もあまりいなくなって、ずいぶん上ってきたけど道はこっちでいいのかな、と不安になるころ、森の中にホテルが現れる。

窓から見えるのは緑色。木が見えるというのじゃなくて、緑色に包まれて、室内にいる人も緑色に染まっていく。こういう窓辺で一日中すごしたい。

三笠ホテルの創業者は実業家の山本直良で、妻は有島武郎の妹。弟の有島生馬がホテルのロゴマークを手掛けている。

MikasaのMとHotelのHを三つの笠で囲んでいる有島生馬のデザイン ライティングテーブルやクローゼットにも。

2019/08/29

文学と建築で目を喜ばせる軽井沢旅行1/4

夏は軽井沢へ、母の知人が出演するというので加賀乙彦作品の朗読を聞きに行った。『永遠の都』、夏にふさわしい作品だった。陸軍幼年学校に通っていた主人公は、市井の人々は、終戦日前後をどう受け止め、どうすごしたか、当時の感じが浮かび上がってきた。

加賀乙彦さんとの集合写真に私も混ざっています。わーお!『死刑囚の記録』、高校生の時に読みました!とはとても言えなかった。後列中央は朗読をした女優の矢代朝子さん。朗読は解釈であると言っていたのが印象的だった。

会場は、フランス文学者、朝吹登美子の別荘「睡鳩荘」。ヴォーリズ設計。別の場所にあったものをタリアセン内の塩沢湖畔に移築された。テラスに座って湖をながめるこの配置はもともとここに建ってたかのようにぴったり。

軽井沢では秋や春も暖炉を焚くこともあるという。暖炉がしっかり作られている設計。白い大きな煙突が2つ。

暖炉の上のハンティング・トロフィーは水牛だろうか。これが外から見た大きな煙突のほうの暖炉。朗読はリビングでおこなわれた。40人満員。

リビングにさりげなくバルビエの作品が架けられていた。はわわ。さすがフランス文学者。バルビエの作品は一瞬でそうだとわかる、吸い寄せられる、個性的で、特有のにおいを発している。作家として大事なことだ。

ポット!ポット!ポット!(私はポットが好きだ。とくにこんなデザインのポットは!ほしいほしいほしい。)

池側から睡鳩荘に近づいてみた。ぐいぐい進むと次々に見せる姿を変える様子が面白い。あれ、この光景はなんだか見覚えがある、そうだ『思い出のマーニ―』だ、と思った。

アメンボボートに乗る。ペダルをこぐと湖面をぐいぐい進む。鴨が人間なんてへーだ、と我が物顔で泳いでいる。羽根が青くて美しい。夏は楽しい。

☆アナログハイパーリンクな読書

母→矢代朝子→軽井沢演劇部朗読会「加賀乙彦を読む『永遠の都』」→加賀乙彦『永遠の都』→朝吹登水子