作成者別アーカイブ: hinako

2018/05/21

溢れる

私は汗っかきで、夏には大汗をかいて水を飲むそばからその同じ量だけ汗が出る。次の汗がパイプの中で待機していて、ピンポンが押し出されて出てくるように。

いい本を読むと 私の中に言葉が溢れてくる。でもそれをノートに書こうとすると、流れが止まってしまって書けないのがもどかしい。生まれた言葉を書き止めておきたいのに。

2018/05/20

友人の書家が書道教室を始めるので、プロモーション用写真の生徒役のモデルを務めました。

中国製だという半紙に書く。筆の感じも墨の匂いも久しぶり。

自分の名前の他に、石川九楊『一日一書』から、元日の「旦」を選んだ。

絵画教室で、墨を使った絵もやってみたいものだ。

会場は下地ボードのままの壁とコンクリートの床が以前のアトリエにそっくりで、いろいろこれからだという友人の様子も合わせ、自分がアトリエを始めた頃を思い出した。あのアトリエがもうないのだと思うとかすかに胸が痛んだ。

☆アナログハイパーリンクな読書

石川九楊『選りぬき一日一書』、『一日一書02』『一日一書03』

毎日一字、画像と解説を連載したエッセイ。

2018/05/20

染み渡る栄養のようなもの

それでもちゃんと思うことはある。

子どものための文はとてもいい文だなということ。

福音館の松居直さんの言葉。

あっという間に描かれたように見えますが、バートンさんは、ちゃんと考えてくださいました。

『せいめいのれきし』が岩波書店で出版された頃、福音館書店が刊行した翻訳絵本は、まだ数点でした。『せいめいのれきし』を手にとった時、なんとかしてこのような仕事をやりたいと思ったのです。

一つ一つ選ばれて丁寧に置かれているすべすべした石のよう。

ちひろ美術館でも思った。

『おやゆびひめ』を読みながら、最初は批判的な目、一方的でない見かたで読んでいたのだけど、だんだん文章の美しさに沈んでいき、もぐらと結婚するからおひさまにさよならを言うシーンでは泣きそうになった。

じわわわー とした湿潤なものを体の内に感じる。

ちひろ美術館東京にて

☆アナログハイパーリンクな読書

バートン→松居直

いわさきちひろ→立原えりか

2018/05/17

「ぼくの手」原稿

火山のふもとの小さい家。
少年が庭先で絵を描いていると、突然目の前の山が揺れ始める。
「噴火だ!」
少年は絵の具をバッグに放り込み、家の中に駆け込む。
出てきたときには背中に母親を乗せている。走り出す。
母親は負ぶわれながら背後の山を見上げる。
「お山のてっぺんが燃えているよ」
ドーンという大きな音がして地面がぐらりと揺れる。
少年はバランスをくずし地面に手をつく。
「お母さん、しっかりつかまって!」
少年はわき目もふらず走っていく。

二人の背後にドロドロに溶けたマグマが勢いよく迫ってくる。
もう少しで少年の足元に届きそうだ。
少年は地面を蹴り上げ跳躍する。溶岩がはじける、火の粉が舞う。
「ちゃんとつかまって!」
赤く猛るマグマは生き物のように二人を飲み込もうと大きな口を開けている。
マグマの手が少年の足をつかみかける。
母親は目をぎゅっとつぶる。
少年はまた強く地面を蹴る。足音が消える。
母親はつぶっていた目をそろりと開ける。
目の前に、少年の肩と、肩から生えた白い羽根と、その向こうには空が広がっている。
「あれえ、お前、空を飛んでいるよ!」
少年の手が羽根になって、羽ばたいている。
少年は母親のほうを振り向いて笑う。

眼下は一面火の海だ。
赤く焼けた石が降る中、少年と母親は空を飛んでいく。さらに高く高く昇っていく。
やがて、白い雲の上に出る。
雲海のかなたに一つだけ塔のようにとがった山の頂が見える。いくつも明かりが見える。

○1日目
薄暗い教会の中では、大勢のけがをした人々が毛布にくるまっている。
町の人がスープを配っている。
目を閉じて横たわる少年の隣りに母親が座っている。
母親は少年の口元にスプーンをあてがう。スープを流し入れる。のどが上下に動く。
二人の顔は煤で黒く汚れ、ところどころ血がついている。服は火の粉で焦げ破れている。

○1週間後
少年と母親は頭に包帯を巻いている。
母親は避難者にスープを配る手伝いをしている。
「さあ、お食事ですよ、まずは体をあたためましょう」
少年は小さい子どもたちを羽根先でなでて寝かしつけている。

○1か月後
少年と母親はこざっぱりとした格好をして、包帯はもうしていない。
二人は町の人と立ち話をして小さく笑いあっている。
もう一方の隅で、少年を指さして噂話をする人がいる。
「見てごらんよ、薄気味悪いねえ、アレは何かい、何かの呪いなのかい?
羽根をむしったら人間の手が出てくるか、はたまたただの鶏肉かね」
「シー、やめなよ、あんたも呪われるよ」
恐怖の目をして子どもを自分のほうへ引き寄せる女がいる。
少年は、羽根を背中のほうへ固くたたんで、隠そうとする。

○2か月後
「お母さん、町はずれに小さい家を見つけたんだ、二人で暮らそう」

○3か月後
母親は家の前で鍬をふるっている。
少年は、背中に羽根をたたんだまま、肩で不器用に手押し車を押している。
車ごと地面に転倒する。

○半年後
家の前の畑には青々とした野菜が育っている。
少年は青い顔でうつむき、羽根になった手を見つめている。
「ぼくの手。絵を描いてみんなを喜ばせていたぼくの手。
でも絵を描いても噴火を止めることはできなかった。今はその手さえぼくは失ってしまった。
助けてもらったお礼に絵を描こうにも、筆が握れない。絵描きになる夢も絶たれた。
ただ生きていくだけの人生に何の意味があるだろう。
僕とお母さんを救ってくれたこの羽根、今ではただの役立たずだ」
少年は羽根になった手を柱に打ちつける。絵の具を地面に投げつける。
母親は物陰からそれを見ている。

翌朝、二人でごはんを食べていると母親は言う「お前、その羽根だけどね、それで絵を描いたらどうだろう。
いやいや、今までのような方法じゃないんだよ。その羽根の先に絵の具をつけてね、家の壁に直接描くんだよ」
少年は「え」と顔を上げる。
「具体的なやり方は私にはわからないよ、それはお前が工夫したらいい。
お前が呪われているはずがない。どころか、こんなにきれいな白い羽根だ、きっと祝福だろうよ。
いっそ天使様の絵はどうだろう。家の壁全体に描いておくれ」
少年の頬に徐々に赤みがさしていく。

○1年後
教会の塔の前に少年が立ち、絵の具がついた羽根を大きく広げている。
羽根が撫でるとたちまち絵が描かれていく。
教会前の広場に集まった町の人々は塔を指さして話している。
「なんとありがたいことだ、天使様が天使様をお描きになっている!」


『早稲田現代文芸研究08』( 2018年3月15日発行 編集発行 早稲田文芸・ジャーナリズム学会)

「第八回多和田葉子&高瀬アキワークショップ報告」(松永美穂教授 著)中、WS参加者の作品として掲載された。


ワークショップ「言葉と音楽 Vol.8」 2017年11月14日(火)16:30~18:30 早稲田大学小野記念講堂にて

多和田葉子と高瀬アキによるワークショップに参加

(c)早稲田大学文化推進部

2018/05/16

絵本から遠く離れて

偶然バージニア・リー・バートンの展覧会を見かけて次の約束も放して入った。

でも、さほど興奮もしていない自分にがっかりもした。夢中になって読んでいた絵本の原画だというのに。私は昔たしかにここにいた。なのに、ずいぶん離れてしまった。

それでも版画っていいよなあと思う心はあった。やりたいけど、時間がかかるからなあ、私はパパッとできるほうがいいから。でもずっと憧れはある。カードはみんな素敵。

ダイナソーの絵はいいな。こんな絵いいなと思う。のびのびしてていいな。絵を描いて、こんなふうなことを思うようになったと思う。

☆アナログハイパーリンクな読書 バージニア・リー・バートン『ちいさいおうち』 『せいめいのれきし』→原画が良かったので読んでみたくなった本『じょせつしゃケイティ』

2018/05/04

読書の楽しみ

須賀さんが多和田さんの作品について話しているので『須賀敦子全集 別巻 』所収『犬婿入り』須賀敦子と三浦雅士との対談も読む。

パッとページを開いたら池澤夏樹との対談のページだった。

高畑勲さんが亡くなりそういえばまだ観てなかったと『レッドタートル ある島の物語』を観た。池澤夏樹が解説を書いている。

まあこういうことがあると、わたしは嬉しいと感じるということなんだ。

☆アナログハイパーリンクな読書

多和田葉子→須賀敦子→池澤夏樹←高畑勲

2018/05/04 2018/05/04

おなかがぐう~

なにがきっかけだったかよく覚えていない、図書館で見て3冊そろっていたからゴト借りられると思ったのか、でも以前は全く興味がなかったのに、ふとそう思ったきっかけがわからないけど、『あらしのよるに』のDVDを持ち帰った。

ベストセラーの上に朗読が俳優と聞いて話題性かといい印象を持っていなかったのだけど、表紙を見たらあれ、あべ弘士の絵じゃないかと急に見かたを変える。好きな作家。

やんす、という語尾になかなか慣れずに、でもこの二人どうなるんだろうと思いながら聞いているうちにだんだんこれもいいじゃないかという気になってきた。

自分のおなかがぐう~となると、そのシーンを思い出す。うまいエサがあればなぁあ。

☆アナログハイパーリンクな読書 『あらしのよるに』テレビ絵本(木村祐一作 あべ弘士絵)→あべ弘士

 

2018/05/04

ペロリペロリ

『早稲田現代文芸研究08 』掲載の多和田葉子『犬婿入り』についての評論の中で、ペロリペロリという音がやけにやらしいものとして頭に残り、『犬婿入り』を読んだ。文庫の表紙は、望月通陽。小説を知ってから改めて見ると、犬のような狐のような鹿のような生き物が女性のおしりを舐めている。

ペロリペロリ。

何度か使った鼻紙でお手洗いでおしりを拭くと気持ちいいわよ、というみつこの言葉に、子どもを塾に通わせる母親が鼻紙なんておかしい、ティッシュと言いなさいというほかない、へんだけどへんだと言えない、なにがへんかわからない、そういう感じがずっと続く。

冒頭の一文にやられる。こういう長い文章、主語がどんどんいれかわっていく文章は、ずっと書きたかった文体。谷崎のような。

そして望月通陽に表紙を頼む、うらやましさ。さて。

☆アナログハイパーリンクな読書 『早稲田現代文芸研究08』→多和田葉子『犬婿入り』→谷崎潤一郎、望月通陽

2018/05/01

やっぱり陶器が好き

わたしはよく自由に生きているように思われる。好きなことを好きなようにやって生きている、と。でも決してそうではない。やるべきこと、求められたことを期待に応えるべくやってきただけだ。何が好きか自分でわからない。今頃になって、好きなもの探しをしている。

GWに名古屋のノリタケの森に行った。

わたしは陶器が好きだってことがわかった!

夢中で観ていた

ノリタケミュージアムにて「同化した私」妹に「お皿みたいな服着てるね」と言われた写真。どこかに私がいるんですがお分かりでしょうか。

そしてやっぱり歴史が好きだってこともわかった!

咸臨丸、明治維新、日清日露戦争、WW1、そうした事実と絡めたノリタケの歴史に魅了された。

ブロードウェイにあるmorimura brothers(ノリタケの前身)の店舗移転のお知らせ。お皿やポットたちを擬人化して引っ越しする様子を描いた素敵なポスター。大八車に載った箱に屋号がついてる。お宝を持ち帰る桃太郎のような、お雛様のお道具のような、大名行列のようなワンシーン。当時、morimuraは日本の雑貨を売る商社だった。広告もとてもセンスがあると思う。

絵付けもした。記念すべき第1作になるかもしれないじゃない!

午後にはノリタケ製品を使用したアフタヌーンティー。そうだったわたしはイギリスも好きだった。

緑の森とれんがの工場。なんだか外国に来たような気分。何かを好きだと思う気持ちが湧き上がってくる。

オールドノリタケでは、1920年代のアール・デコのデザインに惹かれる。ジョルジュ・バルビエの展覧会に行き陶然としたことを思い出した。

「デコレディ」シリーズのマグカップを買って帰った。

おまけ

母にヨシノのマグカップを買ったらものすごく喜んでいた。実家には両親の結婚祝いに仲人さんからいただいたというノリタケのディナーセットがあり、あれをいつも見ていたから今も好きなのかなあと思う。