2014/07/02

わたしの保坂さんじゃなくて、みんなの保坂さんだった

にわかと言えば、この頃急に保坂ファンになった私だが、よく考えてみればそんなわけないのだけど、なんとなく私だけが読んでいるんだと思っていた。たぶん、保坂さんの文章が、とても個人的な、私に対して語りかける文体だからだろうか。でも先日、保坂和志botがあることを知り、がっくり。botがあるってことは、かなり人気ってことじゃないか。そもそも新聞連載しているって時点で、人気者だ。・・・なあんだ、私だけの保坂さんだと思ってたのにナ!

私のように保坂さんを好きな人っているんだなぁ・・・。それは、最初はちょっとがっかりしたけど、今は同志みたいなものを感じる。きっと同じような感覚で好きなんじゃないかなぁと思う。それでbotもよく読む。いいなぁと思う。出典も書いてくれるともっといいのになぁ。

今は読者からの感想が少なくなっているので感想がほしい、と本にあったから、いつか感想を送ろうと思っていたのに、よく考えたらずいぶん前の本だった。今もそう思っているのか、それとももう昔のことなんだろうか。

読書っていうのは不思議な体験だ。以前に書かれた本でも、読むのは今だ。だから今の感覚で読者は読む。今、そう言われているような気持ちになる。でも、実際は著者が前に書いたもので、ここには時差がある。村上春樹は、前に書いた小説は別れた昔の彼女みたいなもので、今は誰か別の人に愛されて幸せでいてくれればいいなと思うと書いていたけど、保坂さんはどうなんだろうか。今でも好きな人だったらいいのにな。

☆今日のアナログハイパーリンクな読書
月刊「みすず」 → 『書きあぐねている人のための小説入門 』2003