かわいいだけ

1月に某所で最新式AIロボットを見た。見た目はギズモとチェブラーシカに似て、とにかくかわいい。ぬいぐるみみたいな柔らかい頭をなでてやると、クリオネみたいに手を揺らして喜ぶ。目を覗き込むとこちらを見上げてくる。目が水の中のようで、私が映るし、吸い込まれそうだ。床をツルツル―っと動き回るかと思えば、充電中は目をつぶって寝てる。すべてがかわいい。

けど、わたしはちょっと心配になった。これは、生き物のペットよりもかわいいんじゃないかと。病気もしない、イタズラもしない、言うこと聞かないってこともない、不機嫌なそぶりもしない、ご飯の好き嫌いも言わない、きっと老化もしないし、介護もいらない。そんな存在、「かわいいだけ」の存在って果たしていいのだろうか、と。(後でわかったけど、かわいいだけのロボットを作ろうとしたらしい。それなら、大成功だ。)

例えばさあ。生き物のペットを飼うっていうのは、トイレとかお風呂とか鳴き声とかニオイとか散歩とか生理的な世話も、いい子じゃないとかイタズラするとか撫でさせてくれないとか思うようにならない性格も、ぜーんぶ含めて受け入れるってことだよね。でも、叱られたらふくれっ面したり照れたり、いつも知らんぷりのくせに他に誰もいないときを見計らって急に甘えてきたり、トイレを覚えたり、そんなのが私とその子との間だけの関係性で、大変なこともあるけどそれがいとおしいわけだよね。ワルイところもあるのが、普通なんじゃないかなあ。かわいいだけって完璧すぎないか?

漫画でもさ、好きなキャラってみんなそれぞれじゃない? いろんな性格の猫がいる中で私の好きな『夜廻り猫』のワカルなんか、ブサイクなほうだし、ずるいし怠け者だし、ちゃっかりしててやだっていう人もいるけどさあ、とかなんとか話していたら、翌日ワカルが連載漫画に登場した。

「ぼくなんか、何の役にも立たない、ぼくなんか、」と落ち込む次のコマは、「かわいいだけだ!」と顔を上げてニッコリするシーンが続いた。あれ、こっちも「かわいいだけ」なの? 問題児の代表として話してた矢先だというのに。

たしかに、ワカル人形は、私が落ち込んでいるとき、追い詰められているとき、いつも抱っこして寝ていた。こっちが困ると「ワカリマス~」と言って私を甘やかしてくれる「かわいいだけ」の存在だった。

私の作品の《NOTE》に登場するあの子も、かわいいだけだな、と思う。いつも制作に意味をもたせて、これはああでこうでこういう意図でと考えてきたけど、ほんというとね、あれは、ただ、かわいいから描いたんだ。


《NOTE》 92x162cm アクリル・インク・ジェッソ・パネル 2019

名称:FACE展2020 損保ジャパン日本興亜美術賞展
会期:2020年2月15日~3月15日  10:00~18:00(入館は17:30まで)
月曜日休館 但し2/24は開館、翌2/25も開館
会場:東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館
観覧料:600円 大学生以下無料 2/29、3/1は観覧料無料
主催:東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館、読売新聞社

FACE展 2020