12月からの体調絶不調と鎮守参拝

12月初め、耳の不調を得て、続いてせきが止まらなくなった。咳は以前も出たしとそのまま放置していたら、1月におそらく耳が原因で高熱と悪寒、さらには生涯初のリンパが腫れる経験をした。

12月はそれでも毎日、開運活動として地元の鎮守神社に参った。

それで新年明けていつものこととして行ったら、いつもは閉じている末社の稲荷の扉がなんと開いている!

これが「御開帳」というやつか、と驚いた。

小さな稲荷社の周りには、狐の石像がずらりと並び、それ以外に中小の陶器の狐も所狭しと並んでいて、いつもこちらを見ている。特に石像は目にまなこがないせいか白目にも見え、最初行ったときは怖いと思った。小動物は苦手だ。

それにもだんだん慣れてきたころ、元旦の御開帳で、最初、見てはならないもののような気がして恐る恐る覗くと、扉の内にもきょんきょんと何匹もいて、やはりこちらを見ている。ぎょっとしたが、秘密を知ったような気もして親しみもわき、翌2日には、かわいいのがいるなと思えるまでになった。

 

そんな12月と1月に読んだ梨木香歩『f植物園の巣穴』、『椿宿の辺りに』には、偶然にも稲荷が出てくる。なんだか符号が合う気がして、読んでいた。

最初は狐使いなどと不穏な表現があって、そうだ、わたしもちょっと怖かった、などと思いながら読む。そのうち、稲荷に言われて、とか、そういう話になる。そのころには私も鎮守の稲荷社に慣れている。

具合が悪いのもそうだ。冒頭、どちらも身体の不調、痛みから始まる。私も調子が悪い、と思いながら読んだ。

 

『椿宿の辺りに』には、兄弟喧嘩が幾世代にも渡っていくつも出てくる。

「そもそも、このお屋敷であった惨劇は、兄弟喧嘩が原因でしたね」(略)兄弟葛藤、と単純に言い切れるものでもない。確かに父と叔父は仲が悪かった。(略)つまり多少の濃い薄いがある程度の「仲の悪さ」などどこにでもあるようなもので、(後略)(『椿宿の辺りに』)

私はハッとする。そういえば、わたしの身の回りにも兄弟の葛藤がいつもあったことに。あれもそうだ、これもそうだった、と思う。こんなにも多かったか。みな苦しい関係だったのだなと思う。多くすでに亡くなった人たちだが、小説の中でそれが解決され、彼らのためにわたしもホッとする。

そういえば、宙彦さんも「誰にも共有されない」という言い方を手紙のなかでなさっていましたね。誰にもわからないだろうと思われるような、個人の深いところで、私たちはつながっているのかもしれないと、今、ふと思ったところです。全体とつながっている、と言った仮縫氏の言葉が、思い出されます。つながっているーー死者も生者も、過去も未来も。もしかしたら。(『椿宿の辺りに』)

 

☆アナログハイパーリンクな読書
梨木香歩『椿宿の辺りに』→『f植物園の巣穴』←神社参拝