2019/08/14

脳裏には、思考が脱線し、枝分かれして、浮かんでいる

ショーン・タンを訳している岸本佐知子が翻訳した『中二階』は、男がエスカレータに乗り中二階に立つまでのほんの短い時間に彼の頭に浮かんだ事柄だけを微細に描いて一冊の本にした小説。この概要を見ただけで、これは今わたしに何かを与えてくれる本かもしれないと確信があった。

与えてくれる、というのは正確ではない、自分の考えを明確にしたり強化したり再確認したりする一助になりそうだいうことだ。

この作品が世に出た当時のアメリカ文学の傾向をうんと大雑把に一言で言い表すなら、それは“大きい物語”と“小さい物語”の二極化、ということだった。(略)ところがベイカーの『中二階』が差し出したのは、その“大きいー小さい”をのレベルを超越し、“極小(ナノ)文学”とでも呼びたいような、新しいスケールの小説世界だった。そしてそこには、いままでどんな小説も表現しえなかったような、全く新しい種類の美があったのだ。
(『中二階』訳者あとがき)

「極小(ナノ)文学」というのはいい表現だな。

一つのことを語る過程で思考は枝分かれし、増殖し、脱線に脱線を重ね、ついには膨大な量の注となって本文をおびやかす。
(『中二階』訳者あとがき)

そうなんだ、わたしも制作していてそのことに強く意識する。その状態への発見もあった。そして、理路整然とした目的のある文章にはない種類の表現が、そこにはある。

一方、語り手についてはほとんど明かされず、たぶんにnerdの傾向が、と岸本は書いている。このところ、nerdっぽい作品のことばかりわたしは気にしている。

☆アナログハイパーリンクな読書
ショーン・タン→岸本佐知子→『中二階』ニコルソン・ベイカー著 岸本佐知子訳