2019/08/11

音楽と条件反射と鼻歌DJ

朝目が覚めてからスマホでtwitterを見たり、ぐずぐずゲームをやったり、かえってイライラしてなかなか起き上がれないので、癒しのために久石譲の音楽をかけてみた。気持ちが落ち着いたら、起き上がって朝食を食べよう。

さて、数日それを続けると、音楽を聴いたら即起き上がるよう、反射的に行動をとっていた。おそるべき条件反射。パブロフの犬。

ところで、作業中も音楽をかけていたら、連続再生でいつのまにか坂本龍一の音楽になっていた。しばらくして一人でアカペラでハミングしていたら、あれ、戦メリかラピュタかわからなくなってしまった。音楽を覚えるのがわたしは苦手だ。いつのまにか別の曲が合わさってしまうことがよくある。この状態を指すよい言葉はないものか。空耳アワーみたいに、たとえば鼻歌DJとか。

音楽をめぐるこんな出来事があって、戦メリのことを思い出したので映画を観た。

 

すごくむかしの記憶で思い違いかもしれないとも思うほどあやふやだが、小学生かなんかの遠足のバスの車中、運転手の頭の後ろあたりに設置された小さいテレビで、この映画が流れていた。私は車中がにぎやかな中なぜだかずっと観ていて、最後のたけしのセリフと笑った顔のシーンで泣いたように思う。内容がわかってのことかどうか、思えば小学生にわざわざ観せるような映画とは思われぬ、当時DVDはないからテレビ放映だったのか、1983年公開時私は10歳だからありそうなことだ。

その後、高校時代に『エイリアン通り』に「戦メリ効果」と言うセリフが出てきて、少し思い出した作品。

 


以下、余談。

「なぜデビッドボウイを使ったのか」カンヌ映画祭の十日間、一日8回、計80回聞かれた質問だったと大島渚は書いている。

ボウイと仕事をしたことは楽しいことだったから、いちいち丁寧に答えた。しかし一日で八回ともなれば、さすがに疲れてイヤになる。「ボウイを使って悪かったのかよオ。もしピッタリじゃないと思うなら、ほかの役者の名前を言ってくれ」と言いたくなる。もっとも言いはしなかったが。

(戦場のメリークリスマス DVD封入ブックレット)

出展を控えて、少しナーバスになっている。またいつもの質問されるんだろうな、いったいなんなの、けんか売ってるの、とイヤになっているが、大島渚でも何度も余計な質問を受けなければならなかったのか、と思うと少し気が緩んでくる。外野からすると、そうはいっても聞きたくなるなあ、映画見ればわかるだろ、とも思うけど、起用したのはどうして?とそれでも聞いてみたい。つまりすばらしい、と言いたいのだろうけど。(あっこれか! いや私の場合は違うだろうなあ。だからなんて答えたらいいのかいつもわからない。何を意図している質問なのか。そう聞き返してもいいのだろうけど、そうするとかえってこちらがけんか売ってるみたいになってしまうから面倒だ。)

「この映画をつくるに当たって、ニッポンとヨーロッパとどちらの観客をより強く意識したか」という質問もニ、三あった。
「私はもう十五年も世界の映画界に生きている。ジャン・ルノワールのいう映画の共和国の市民である。どこかの国を特に意識することはない。(後略)」

(戦場のメリークリスマス DVD封入ブックレット)

このすばらしい回答によって大島渚を好きになった。

☆アナログハイパーリンクな読書
久石譲→坂本龍一→『戦場のメリークリスマス』