2019/07/23

仮にこう考えてみる

私は自由に生きているように見えるらしいが、生来まじめなので、こうあるべき、こうしなくちゃ、これはすべきでない、と自分を縛っているところも多く、息苦しくなる時がある。

ばななさんにメールしようかと思ったんです、卵ステーキ。でも、やめました。今メールしたら、『ユリイカ』にちょっと書くんですとかいわなくちゃいけないし、(「二〇一九年のばななさん」飴屋法水 『ユリイカ』2019年2月号)

飴屋法水という人は、パフォーマーとしての活動を急に10年間休止し、先ごろ復活したが、どこで何をやっていたか不明で、ただその間に結婚し子どももいつのまにか持っていた、という人だということは知っている。ううむ。自由すぎる。

飴屋(法水)さんも、九〇年代前後には俳優を高速回転イスに乗せてひたすら回させつづけてたり、血液をその場で輸血したりと、かなり過激なパフォーマンスをやっていました。(インタビューでの吉本ばななの話『ユリイカ』2019年2月号)

文章を読むと、この自由さは、と唖然となる。肩の力が抜けてていい感じ。奇をてらってもいない。

くるみはなんと今年から中学生です。(略)学校は半分くらい行っているし、よく笑ってるし、それ以上、望むことを思いつきません。彼女の将来のこととか考えようとはするんです。するんだけど、なんか面倒くさくなってしまって考えるのを止めてしまいます。一ヵ月先のことも考えられない。どうしてこんなに考えられないのか。人としてなにか足りないのかもしれません。(「二〇一九年のばななさん」飴屋法水 『ユリイカ』2019年2月号)

それに比べて私はなんと不自由なんだ、と思う。

ま、前よりはましかもしれないけど。

私は22歳から急にモノを作ることを始めた。どうして?と思われやすい。

だけど、自分の半生を仮にこう考えてみる。

本来作り手だった。でも、ずっとそのことは表に現れていなかった。何かの拍子にそのシールドが外れて、作り手である自分が表に出てきた、と。

だから前より自由になってきたとはいえるかも。

あっそれと、私は子どもに絵を教えているから、親に不安を与えるべきではないと思っている(ホラ、まじめが出た!)。教えているときのわたしは、作家としてのわたしとはまったく別の側面でいる、と分けているのだけど、ちゃんと理解されているのかどうか、、、。いつか統合されるときがくるといいけど、それもどうだろう。磯崎憲一郎、小椋佳にどうやっていたのか聞いてみたい。

☆アナログハイパーリンクな読書
吉本ばなな→飴屋法水