2019/07/05

べぼや橋の謎

庭掃除をしていて、小石がごろごろしていたので、注意深くほじくり返して、取り除き、よかった、よい土になった、と満足した。

というのは夢だったのだろうか。本当にあったのかどうかよくわからない。

実際に、数週間前にスイカの皮を庭の穴に埋め、たい肥を作っている真っ最中だ。もう少ししたら、ちょっと掘り返してみたい、少しは微生物で分解されてるのかしらん、ちょっと怖いけど途中経過を見てみたい。

岸本佐知子『ねにもつタイプ』読んでるんだ、すごくおもしろいよ、と知人に話す。共感することがたくさんあってさ。

最初のニグのところだけ読ませると、これは、ムギちゃんだねと言う。わたしには子どものころムギちゃんという名の架空の弟がいたのだ。そうでしょう、そうでしょう。私は、わかるわかると言ってほしくて、ホッホグルグル、べぼや橋、パン屋さんとの文通、管を通して腹と話すおじさんなどをピックアップして読ませる。

すると知人は、これは夢の話だよね、と言う。親も知らない近所の橋なんてないし、同級生もパン当番なんかなかったって言ってるしさ。思い込みだと思うよ。

わたしは猛然と反対する。ちがう! 本当にべぼや橋はあったんだし、だって、パン屋さんとの詳細な手紙の内容まで覚えてるんだし! なかったことみたいに言うのがいまいましい。そりゃ、パスタの湯で時間なんかは勘違いだと思うけどさ・・・。

私が激高して反論するも、相手は静かにこう言う。例えばべぼや橋のことだけどね、思うに、昔の橋の名前って変なフォントで読めなかったり、横書きで逆から読むように表記しているってことあったよね。「べ」っていうのは、同じって意味の「ゞ」に似てると思う。これと勘違いしたんじゃないかと思うんだ。

ホームズばりの名推理。だけど、だけど! ないってなんでわかるのさ?と聞くと、いや、あなたもそういうところあるよ、似てると思う、この作者と。同じように堂々と言うからだまされたこと今まで何回もあるよ。普通はさ、共感して読むんじゃなくて、想像力の豊かさに驚いて読むんだよ。じゃあ、作り話ってこと? そこまでは言わないけど、何かで読んだり夢で見たり似たようなことがあって、そこから発展していっちゃったとかそういうことだよ。

なにっ!と思いながらも、ふうむ、そうかもしれぬ、ありそうだな、と思ってしまった。だって今朝実際にあったから。思えば過去にそんなこと一つぐらい、いやいくつかはあったかもしれない。だけどあるんだもん、本当なんだもん!だってそうじゃなかったら、何を本当だと信じたらいいかわからないもん! こうなったらスイカを掘って証明してやるぞ。

うまくやりこめられたとは思うが、そんな読み方はちっとも楽しくない、べぼや橋はある!と思って読んだほうがいいに決まってるんだ。

☆アナログハイパーリンクな読書
ショーン・タン作 岸本佐知子訳『ロスト・シング』→岸本佐知子『ねにもつタイプ』