2019/07/05

園芸理論

画家のパウル・クレーは、この単純な行為のことを「線(ライン)を散歩させる」と呼んでいる。(略)イメージは、あらかじめ頭で考えてから描くのではなく、描きながら考えつくものだ。もっと言うなら、描くことは、それじたいが形を変えた思考なのだ。(略)
クレーはもう一ついい喩え方をしている。いわく、アーティストは木で、経験という豊かな堆肥からーー見たり、読んだり、聞いたり、夢に見たものからーー養分を得て、葉や花や実をつける。その園芸理論でいくならば(略)つねに研究おこたらず、周囲の事物を注意深く観察し、たえず新しいことを試み、資料を集め・・・どれもこれも表には出ない、いわば“メーキング”の部分だ。(『鳥の王さま ショーン・タンのスケッチブック』ショーン・タン)

また別のところで、「僕は他人のアトリエを見るのか好きだ」と書いている。創造の源泉がそこに見えるから、と。

このところ、なぜ書かなかったかといえば、制作が進んでなかったから。観たもの、読んだものを紹介してどうする、と思っていた。わたしは鑑賞者ではなく制作者、表現者ではなかったか、と。だが、ショーン・タンの言う通り、見たもの、読んだもの、聞いたもの、夢に見たものが、どうかして変容して制作になるのだし、それがアトリエ訪問だったり、メーキングだったりして、制作の秘密を内包しているものならば、と思い直した。

これが何になるか今はまだわからぬ。何もならないかもしれない。だが、時間がたって、あれがああなった、と後でわかることはあるかもしれぬ。

わたしはもちろん現実の「線」を散歩させるスケッチを毎日おこなっている。と同時に、このブログを書くこともわたしにとって、書きながら考えていくスケッチである。

☆アナログハイパーリンクな読書
ショーン・タン『鳥の王さま』→ショーン・タンスカイプトーク「ぼくのアトリエへようこそ!」