2019/07/05

ショーン・タン『アライバル』

『アライバル』のことを書こうと思うけど、うまく書けない。文章のない絵だけで進むショーン・タンの絵本。とても具体的で、でも普遍的なことを描いている。でも、どうにかして書いてみよう。

冒頭、不安なシーン。なんらかの事情で別れなければならない夫婦。生活用品や子どもの描いた絵が象徴する、ささやかな幸せを手放しても、行かねばならない。お互い手を握るシーンはつらい気持ち。

街を襲う不穏な影。棘のある尻尾をもつ巨大ななにものかが暗躍、猛威を振るっている。巨大な影が建物の壁に映る中、見つからないようにそっと脱出する家族。おそろしい。これは、あるいは圧政、弾圧、搾取、あるいは犯罪、略奪、あるいは貧困、病気、けが、あるいは不当な差別、不平等、強制、人権侵害、迫害、あるいは暴力、殺戮、内紛、侵略、戦争、私たちを押しつぶし焼き尽くし息をさせないものたちの象徴。どんなに言葉を尽くすよりも数字を並べるよりも、私たちはこういう過去の歴史をよく知っている。今ここにも。

海を渡り、着の身着のままでたどり着いた移民局。元いた国には戻れない、なんとかこの国に入らねば。何か問題を指摘されたら、一巻の終わり。でも、少しうれしそうな表情も。新しい国への静かな期待。

新しい生活が始まる。読めない文字、見慣れない食べ物、謎な動物たち。でもよく知っているシーンも。音楽を奏でる人々、ひげをそる理容師、本を読んだり編み物をしている女性たち。すべてがに拒否されているわけではない。

なんとか雨をしのぐ部屋にたどりつく。道具はどう使うかわからない、お湯を出そうとすると、急に別の蛇口から水が出てきたり、戸棚にはわけがわからないものがおいてあるし。さらには、先住者として「コンパニオン・アニマル」がいる。最初は蛇のようで不気味だけど、慣れてくるとじつはかわいい。私たちはここでちょっと安心する。ひとりぼっちで、わけがわからないものに囲まれて、ともすると無気力になってしまう気持ちに、うるおいを与える存在がいることに。どうせ言葉が通じないのなら、動物のほうがよほど仲間になれそうだと思う。

見知らぬ国に一人。そんなときに人は何をするか。まず一番に、大事な家族の写真を部屋に飾る。

さあ仕事をさがさなくちゃ。

食べ物がほしいけど、これはどういうもの?食べられるの?どうやって食べるの? お店の人が言ってることがわからない、こちらの意図が伝わらない。

街に出ると、同じようにつらい経験をした人にもめぐりあえる。家に招待される。もらうだけじゃなくて何かをあげたい、でも何も持っていない。紙をもらって、ホスト一家に飼われているペットに似せた折り紙を折る。ことばが通じずとも親しさは伝わる。ちょっとした技能があってよかったと思う。大抵の知識・技術は、同じ文化を背景にしたもの、異文化でも通じることってどんなことなんだろう。

家族へ手紙を書く。生活基盤ができて、呼び寄せる準備ができた。ついに再会。

最後は、初めて到着した過去の自分と同じような人に、道順を教えることができている。こうやって生きることがつながっていく。

たとえば、どうやって簡単な言葉を覚えるか、どこで電車に乗るか、どこに何が売っているか、誰に助けを求めればいいのか。そしておそらく、これがいちばん重要な問題なのだろうーーあらゆることをどう感じればいいのか?(『見知らぬ国のスケッチ』)


作者によると、最初レイモンド・ブリッグスの『スノーマン』みたいにしようと思ったという。確かに、1ページにたくさんのコマがあって、人物の動きがわかる。展覧会では、もっと漫画っぽい主人公の下書きもあった。

我々は文字にまったく頼っているとわかる。矢印はわかるけど、あとは何が書いてあるのかまったくわからない。どうやって、どこの国のものでもない文字を作ったか。文字だとわかるけど、読めない文字。『見知らぬ国のスケッチ』によれば、「はさみとテープを使い、ローマ字とアラビア数字に外科手術を施して再構築」した、という。

☆アナログハイパーリンクな読書
ショーン・タン『アライバル』、『見知らぬ国のスケッチ』