2019/04/03

植物と古典とファンタジー

梨木香歩『家守綺譚』
植物と古典文学とファンタジー、私が好きなものでできた短編集。話者が見聞きした不思議な話をしていく。中学生のときに書いた小説を急に思い出した、あれはこんな話にしたかったのだと思う。

中国に窓から美女が入ってくる古典があるが、本作では、掛け軸の中から亡き親友が訪ねてくる。時代は明治期のようだ。「庭球部」とか文明開化が身近で、電話もなく友人が訪ねてきて、話をしては帰っていく、少しだけ昔の話。

冒頭、庭木のサルスベリに恋をされて、いや、やはり懸想されてのほうが感じが出る、懸想されて、本を読んでやるシーンがある。
それを読んだとたん、庭にサルスベリを植えたくなった。わたしもたまに本を読んでやりたい、枝を揺らさせて喜ばしてやりたい。
リュウノヒゲも植えたくなった。あの青い、ツヤツヤした青い宝石みたいな実が庭にあったらいいだろうなあ。小さいころ、一日中遊んでいても飽きなかった祖父母の家の庭を思い出す。

サルスベリにも好みがあって、好きな作家の本の時は葉っぱの傾斜度が違うようだ。ちなみに私の作品を読み聞かせたら、幹全体を震わせるようにして喜ぶ。かわいいと思う。出版書肆からはまだまともに相手にされないが、サルスベリは腐らずに細々とでも続けるように、と云ってくれている。(p.12)

先日、知り合いのギャラリーで油絵を観ていて、それは山の絵だったのだけど、そのギャラリスト曰く、絵には山と海があるけどどっちが好き?。山派か海派ってこと?、犬派猫派みたいな感じだね。それぞれ自分はどっち派かという話になって、今までそんなこと考えたことなかったけど、あらためて考えてみると、私は海沿いで生まれたから海の絵はなじみがあるかもなあ、と言った。今住んでいるところは川のそばで、海がないから不満を感じることもある、たまに海を見たくなる。

そんなことを考えていたのだけど、作中、湖から水路ができて、その水が庭の池にそそぎこんで、河童やちいさな人魚が迷い込んできたり、川沿いでカワウソが釣りをしたりしているのを読むと、川もいいものだなと思う。時折へびが出るから油断がならないし、川沿いの道は互いにすれ違うほどの細さで挨拶が面倒でおっくうになっていた散歩に、行ってみようかという気になった。怪しげな長虫屋がへびを追っているかもしれない。

☆アナログハイパーリンクな読書
梨木香歩『岸辺のヤービ』→梨木香歩『家守綺譚』https://www.shinchosha.co.jp/book/429903/