2018/06/10

久しぶりに「見ると見られる」

アートコレクターが経営するバーに、キュレータ、作家、研究者と行ってきた。店内のそこここにコレクションがうず高く積み上がり、そこの山の3冊下にアレがあるから、と言われて、これかな?あ、あった、あった!と宝探しの気分。

珍しいソノシートの音も聞かせてもらった。ペラペラのビニールなのに、ちゃんと音が出るのが不思議。よおく見ると溝が彫ってある。レコードプレイヤーの他にも古いものがたくさんあって、タイムスリップしたよう。

帰り際にサイン帳にサインをした。その様子をあとで写真でもらった。

えっ、わたし、作家っぽい!

一瞬そう思ったが、っぽいってなんだ、作家じゃないか。なんでそんなふうに思ったんだ?

店内を「見る」側だったのに、わたしも「見られる」対象だったことに、ほのかな驚きを感じた。わたしはいつもこんなふうに外界に身をさらして「見られて」いる。このテーマは2016~2017年に制作の中心だったのに、見ることに夢中でそのことをあの時間、忘れていた。

わたしは世界にどのような存在として理解されようとしているのか。ドローイングを描いたから美術作家だろうか、小説をお土産にもってきたから小説家だろうか、どちらも芸術活動の一環という立場でよいのか、迷いがあるか、そんなことが急に頭の中に出現して、動揺のあまり以前のサインを書いてしまった。


©Tooru Tsuji 島田コレクション「小柳」店内でサインする様子

『Polystyle CD』(上野耕路アンサンブル)所収「ジス・プラネット・イズ・アース!」のソノシート。スリル映画のようなゲームBGMのような不思議な音楽。持つ手が透けて見えるほど薄いシート状なのがわかる。レコードプレイヤーで針を置く感覚は小学生以来だった。

☆アナログハイパーリンクな読書 「小柳」→上野耕路