2017/08/06

花火と亡くなった人

家のそばの川の土手で見る地元の花火大会。1人だとかえって寂しい気持ちになる。花火があんなに好きだったのに、昔のことばかり思い出されて、目の前に上がる花火に集中できなかった。

子どもの頃、いとこ一家とうちの家族で地元のお祭りに行った時

父と途中ではぐれて、

「きっとパパは1人で楽しんでるよ」なんて言って

みんなだけで広い会場を駆け回ってたことがあったけど、

後で聞いたらオレンジジュース飲んだって言ってた。

確かに父は集団行動、特に子どもと遊んであげるタイプではない昔風の父親だったけど、

ひとりでお祭り回って楽しいわけないし、

糖尿病で歩くのが辛かったことに対して

自分がまったく理解がなかったことを

思い出して

パパにごめんねと言いたくなる。

でももう言えないから泣きながら花火を見た。

今なら

ビールと枝豆でも一緒に食べながら

のんびり隣りに座って見てるのにと思う。

そういえばおじいちゃまとおばあちゃまとも一緒に見た記憶がない。見せてあげたかったなあ。子どもだったからそういうことはわからなかった。

その頃はマンションもなくて土手も整備されていなかったから、こんな風に見たりはできなかっただけなのかなあ。

場所取りなんかしなくても家の前に椅子を持ち出して目の前に大きな花火が上がる、こんないい立地に住んでいたのだから、みんな呼んで見たかったなあと惜しく思う。

お盆だからそう思うんだろうか。父や祖父母と同じ歳になったから思うんだろうか。

もう一緒には見られない人たち。

帰ったらお酒とお水をお供えしよう。

☆アナログハイパーリンクな読書

向田邦子『父の詫び状』