2017/06/10

自分が思う姿と他人が思う自分を一致させること

ここ数ヶ月、生活環境の変化の最中にある。

新潟の展示では、自画像を鏡に描いた作品を出展している。

鏡に映る自分の姿。

他人の目に映る自分の姿。

鏡とは、自分を客観視する装置である。このことを私は「私はあなたになるのでしょうか」と以前作品解説に書いた。

今日、ふと、自分が思う姿と他人が思う自分を一致させたいと思っているのではないかと思い当たる。大抵、それは異なるものだからこそ、そうしたい願望があるのではないか。

アトリエにある同じシリーズの作品と正対していて、つまり自分の顔と正対していて、思い当たった。

有名になりたいからとハッカー事件を起こす少年の願望は、自分の思う姿を他者に受け入れさせようとすること。だが大抵は他者から見た姿を受け入れるしかない。自分の顔を見ることが苦手、というのはそこに理由がありそうだ。

できればありたい自分になりたい。鏡を見るとは、ありたい自分となんとかすり合わせする工程だろうか。化粧とも関係がありそうだ。

こちらがそっちに行くのでなく、少しでいいから、そっちからこっちに来てはくれないか。

思えば大層子どもっぽい願望かもしれない。見果てぬ夢だろうか。しかし、今の私には切実な願いのようだ。それで描くのだと思う。

私が今思う理想の形は「千と千尋」の最後のシーン。前と同じようでちょっと違う、髪ゴムがキラッとすること。

flowers展 2017/06/01-06/18 ギャラリーみつけ (新潟県見附市)