2017/02/23

ひきこもりが認知されるということは

荒川洋治の『過去をもつ人』にあったので、『神を見た犬』を読んだ。これは星新一だね、と思った。ついでに星新一の「ものぐさ太郎」を思い出した。

部屋でごろごろしながら、このままでは貯金がなくなるとわかる。電話がかかってきて「最近、貯金が減りましたね、仕事をさがしてはどうですか?」「家でできる仕事なら、こういうものがありますよ」「ステップアップするのにこんなレッスンはどうですか」、会ったこともない女にアドバイスされて悪態をつきつつ、家にいながら声帯模写のレッスンを受け、他人になりすまし悪徳政治家をだまして金をかすめ取る、という話。それで、最後の一文が、大金を得た太郎だがあいかわらず家を一歩も出ずに暮らしているのだ、というもの。

今で言う「ひきこもり」が成功する話で、痛快でもある。あはは、と笑ってしまう話だけど、考えてみれば、もう私たちはそんな時代を生きている。アマゾンで「この前あれ買ってたけど次はこの商品いかがですか」とすすめられ、FBでは「この人お友だちでは?」と交遊をすすめられる。「みんな」に向かって話される声とは違って、「わたし」に向かって話される声。作中の女の声を私たちはすでに聞いたことがある、カーナビで。

まさかという話が現実になってきて、もはや驚かなくなっている事実に慄然とする。ひきこもりが個人的な問題ではなく社会的な問題に変化したというのは、つまり数が増えてきたんだろう。このこと以外にも急激に社会情勢が変わっているのをここ数年感じる。ごくごく少ないけどよくなっていることもあって、ああよかった、私だけじゃなかったと思う。

☆アナログハイパーリンクな読書
荒川洋治『過去をもつ人』→ブッツァーティ『神を見た犬』→星新一『なりそこない王子』