札幌AIR報告(9/14)AIRの目的と実際

(9)AIRの目的と実際

AIRの目的は3か月後の展示のための制作、企画だったが、具体的には以下の3つのパターンを考えていた。

①下見
展示会場の空間に合わせた作品制作を考えているため、会場の下見に時間をかけようと考えていた。採寸だけでなく人の動きや場の雰囲気の把握など。重要なことなので、全日程下見に充てることさえ考えていた。

②企画
会場の下見が十分なされた場合、それを踏まえた作品の企画を立てる一方、できれば新しいテーマやコンセプトを含んだ制作を企画したいと考えていた。というのも、自分の個人的な習慣を元に制作していた作品のありかたを考え直したいという気持ちが強くあり、外側から自作を見ることで制作の方向性をとらえなおそうと思っていた。これまでやみくもに制作してきたが、いったい自分は何をやっていて今後何をやるべきなのか、じっくり考えたい。あるいは美術史や批評という観点からとらえなおすために集中して本を読んで勉強したいという目的があった。場合によっては制作はしない可能性もあると考えていた。

③制作
企画ができれば、制作にさっそくとりかかる、あるいは試作をする。①と②だけならワンルームでもよかったが、制作できる部屋を備えた2DKのタイプを利用することにした。企画が早くできた場合に備え全日程制作可能な材料と道具を持っていった。材料と道具はあらかじめ決めていたので、現地で調達することは考えなかった。

この3つのパターンのどれでも対応できるように、部屋のタイプ、材料と道具、本、食材、服装を用意したが、実際には、初日に1日だけ下見に行き、その後は毎日制作と勉強に充てた。企画は完璧にはできなかったが、まずは取り掛かるつもりで制作を始めた。ペースを保つことを最優先し、午前は制作、午後は勉強と決め実行した。

新緑が美しい白樺の木立が風で揺れるのを眺めながら制作し読書した。私にとっては日常から離れ、密室にこもって集中できるまさに「別荘暮らし」と言ってもよかった。部屋の窓はペアガラスで外の音がほとんど聞こえない。隣りの部屋にもレジデンシーは滞在していたはずだが、昼も夜も物音はほとんどしなかった。実に静かな環境だった。

鍵がかかる個室に滞在することで、プライバシーが保たれ、制作に集中するには絶好の条件だった。部屋にトイレバスキッチンがついているというのは、好きなときに自由に食事・就寝・排泄ができるということで、個室にこもることが担保されているため、自分がコントロールできる範囲が多いと感じられた。実際は朝昼は部屋で簡単にすませ夜は外で食事をするという生活をしていた。
さらに、必要なものだけしか持っていかないため、余計なことを考えず、余計な作業をしなければという雑念が入り込まずに、制作のみに集中できた。
私にとって、今回のAIRの大きな目的がこのことだったので、最適な場所といえた。

制作は、自己の深い部分に一人で降りていく孤独な作業だと私は考えている。そのため、制作中は、外部からの刺激が普通以上に違和感となってストレスや傷つきの原因となるので、なるべく外部との接触を避けたいと思っていた。外界では何が起こるかわからないし、他者は何を言うか何をやるか予測がつかない。こうした不測の事態に備えたり、何事かが起こったときに対応することが制作中の私には負担となるため、なるべく予想がつく範囲内で暮らし、予想できないことは最小限に抑えようと思っていた。電話は一つもかかってこず、メールも最低限に抑えた。とはいえ、実際に1日中スタジオの中にいた日は10日間で2日だけで、ほとんど外へ出かけたのだったが、やろうと思えば「こもれる」という意識が私に安心を与えた。

ただ、私のように人に会いたくない場合はいいだろうが、人と話したい、交流したい、という人にとってはこうした暮らしはどうかと思う。自分で何か企画する必要があるだろう。私も、調子がいいときは好都合だったが、意気消沈しているときは孤独が強く感じられた。密室で一人静かに制作するには絶好の場だが、誰かと話して発散させることはできない。実際、心細くなってちょっと泣いたりしていた夜もあった。なお、この暮らしはあくまでも私の望んだ形であり、積極的に外部と交流を持とうとしていた作家はまた別の暮らしをしていたはずだ。