2015/11/23

襖狂想曲~TAT2015

 このところ他人に見せることが続いたので、フォームが崩れたようだ。立て直していこう。

 TAT2015ではよくわからないことが起きた、杉浦日向子の『百物語』のような、すこし不気味で、しかもオチをどう考えていいのかわからない話だ。

 Hさんが来て、そういえばこんな話をききましたよ、と教えてくれたのが、Mさんがいたときのこと、どうやらわたしの作品を気に入った人がいたらしい、法人から発注があるかもしれない、ということだった。ポートフォリオを置いておいたし、と思ったわたしは友人の作家のYさんに浮かれてその話をした。するとYさんはあれを丸ごとですか?やりましたねと喜んでくれた。いやいや、そういうんじゃないと思う、新しい仕事かもしれない。そう答えたが、そう言われて、そうか、丸ごと買うということだってあるわけだと思った。これがどこかへ行くのか、と思いながら作品を眺めた。

 ところが数日後、期待満面そのときの様子をMさんに聞いてみると、まったくそんな話ではなく、そもそも個人だったとのことだった。くちゃくちゃの紙に書いた連絡先を置いていこうとしていたが、なんだかへんな感じだったという。年恰好を聞いても思い当たらず知った人ではなさそうだ。ああいうところには作家をだます業者も来るし招かざる客が入り込むことだってあると警戒する一方、どこでどうしてそういう話になったんだろうか、大いにがっかりした。

 どこかにいく可能性のあるもの、という目で見ていたせいだろうか、事務局に頼んで引き取らせてもらうことにした。

 天袋の襖は評判がよく、これを額装して売ったりはしないのかとか、普段使うものに描いてあるから家に置いておいて眺めたいとか言われた。引き違い戸という用途ばかりに目がいってしまっていたが、考えてみると、木枠に貼った紙に描いてあるのだから立派な絵だよなと思った。規定サイズではなく幅が短いため、見慣れた比率だったというのもある。

 そうこうしているうちに会期も終わるころ、別の知人からほしいのだけどと相談された。自分で持っておこうと思っていたから、しばらく時間がほしいと答えた。あっちに行くのがいいのかこっちのほうがいいのか眺めた。むこうでの暮らしはどうなのか、こっちだとどうなのか、キミが幸せになれるのはどっちなんだろうと話しかけた。むこうの人に愛されるのもよさそうだけど、わたしはどうなんだろう、いつでも会えるわけじゃなくなるのだ、今生の別れってことだって。

 金満家と破談し、よし、うちに置こうと覚悟を決めた途端、良縁が降ってわいたようなものだが、その後、手続き上の問題で引き取りに待ったがかかる一方、ほしいと言ったその人と行き違いがあり、このまま作品の運命やいかになどと思っていたが、関係はすみやかに修復され、引き取り手続きも無事通過、写真撮影も頼んだ。ところが今度はわたしのほうが搬出の手配ができなくなった。明日は管理外になるというぎりぎりの日の夜ようやく搬出できたが、あぶないところだった。どうやら嫁くことになりそうだが、この調子だと最後までわからないと思う。

 今のところかわいいお転婆はうちにいる。キミの好きなようにすればいいさ。何かあったら必ずわたしが助けに行くよ。

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