それでMさんのドキュメンタリー映画のインタビューで、こんな質問があった。
― 中之条という場所ならではという制作はどんなことでしたか?
言い回しがちょっと違ったかもしれないけど、ニュアンスとしてはそんな質問だった。
中之条ビエンナーレでは、町の人に取材したり、町の歴史をリサーチしたり、町にあるものをモチーフにしたり、伝統技能を活かしたり、といった地元資源を利用した制作をおこなう作家も多い。
だが、わたしの制作の場合、具体的にそういったことはない。たしかにうさぎを見たことなんかは書いたけど。
原美術館にある奈良美智の常設作品「My Drawing Room」の解説にこんなことが書いてあった。
作家は、「アトリエはどこも同じ様子ですが、外の景色で、ここは日本だなあ、ここはドイツだなあ、そしてここは原美術館だなぁ」と思うそうです。
そして保坂和志はこんなふうに書いている。
このように激しい風が吹き荒れる音がほとんどやすみなくつづいている夜が人の、というのは私のコンディションに影響を及ぼさないはずがない、
(みすず2015/3「ボルトとナット」)
そうだよ、と思う。
わたしの作品のあらわれようはいつもと同じで、作中に具体的に何というのはなくとも、この場で時間を過ごしながら、というのはつまりその場に身を置いて窓から見えるこの場所の景色を眺めながら制作していたことが、私に影響を及ぼさないはずがないのだ。ついでに言うと、制作に持って行ったのは保坂さんの「みすず」の連載のコピーだ。心弱るとき読もうと思っていた。読んだ。
そして村上春樹も、『ノルウェイの森』はローマで書いていて、あの作品のことを考えると内容のことよりもローマで暮らした記憶、執筆していた環境のことを思い出すと書いている。
そういう意味で、わたしの作品はあの場所と深く関係を持っていると思う。
☆今日のアナログハイパーリンクな読書
奈良美智・・・保坂和志・・・村上春樹