2015/06/20

現地制作 他者との交流 ~中之条への道(11)

 わたしが現地制作に行ったのは5月末で、まだ時期が早いせいで、元小学校だったレジデンスには他の作家は一人も宿泊していなかった。それで、他の作家さんと交流できなくて残念ですね、と言われることがあった。AIRの主目的の一つに、他の作家との交流があるからだ。

 ただ、わたしの場合、他の人と交流するととてもエネルギーを消耗するので、かえって助かった、という気持ちが強かった。わたしの制作の性質上、エネルギーはなるべく温存して制作に振り向けたい、でなければ何のために行ってるのかわからなくなる。

 とはいえ、誰とも交流しなかったかといえばそんなことはなく、前述のように事務局のスタッフの方とはずいぶん親しくなった。わたしが温泉に浸かっている間も、会場の写真撮影だ、現地の状態を見るだ、道を確認するだ、と忙しく仕事をしているらしかったが、今日は仕事が早く終わったから一緒に温泉に入る、なんていうこともあった。いいねぇ。ドライブしたり温泉に入ったりするとプライベートの話題も出て、中之条の普段の暮らしを知る。またあるときは、画材のマッキーが足りなくなったから自転車で買いに行こうと思う、と言ったら、いや山道だし大変だよと、遠回りしてお店に寄ってくれた。こういうのも、わたし一人だけだから可能なことだ。あと、一人のスタッフさんとは、以前、展示で一緒だったということがわかってびっくりしたり、共通の知人の話で盛り上がったりもした。そんなこんなで、ビエンナーレのBLOG用の取材はアンナ感じで楽しそうになった。→中之条ビエンナーレBLOG

 車がないとアシが不便だけど、だからこそ送ってもらったりして仲良くなれたのかもしれない。毎日顔を合わせていると、ちょっとした相談もしやすかった。中之条ビエンナーレは、車がない作家への送迎があるのがいいところだ。でなければ、展示会場を選ぶ上でかなり制約がきつくなるだろう、JRの駅付近のみ、とか。

 誰もほかに泊まらなかった、と言ったが、最終日、Mさんという作家が夜遅く到着した。毎週土日に通って来ているらしかった。朝ごはんを一緒に食べながら話をする。ビエンナーレの記録映画を作っているということで、さっそく取材の約束をした。制作している様子を撮影されたり、インタビューを受けたりした。中之条ビエンナーレに参加した理由は、とか、現地制作のこと、とか。わぁ、映画に出演だね!とわたしはのんきに喜んだ。聞けば、作家やスタッフ以外にも、会場の持ち主や管理者、協力者といった、できれば関係する全員に出てほしいという企画で、とにかく長大な作品になりそうなすごい話だ。映写機をもっているので小学校の壁に大きく映写することもできるらしい、昔の田舎の小学校の映画会とか、アメリカの野外上映会みたいでいいねぇ。Mさんは以前、伊参スタジオで出展したので様子をよく知っていて、会場の照明の相談に乗ってもらった。あと、荷物を運ぶのも頼んでしまった。

 それと、SICF16で初めて会った作家のMさんがのぞきにきてくれた! うれしい。懐かしい顔を見てホッとした。しかも、おいしいおだんごを差し入れに持ってきてくれた。わたしは、なんだか心からうれしくなって、粗食だったせいもありペロリとたいらげ、調子に乗って「おだんごおいしい」と作品に書いた。最終最後のところでガソリンが入って、もうひと踏ん張りできた。ここのところを描くときはノリノリで、かなりスピードが速かったと思う。よっぽどうれしかったんだろう。

 月末に現地制作に行くつもり、とメールで連絡したら、自分は土日に行くから時間があったら寄るかも事務局に用事があるし、と返事があったにはあった。たしかにMさんのものらしい作品素材が山のようにレジデンスの玄関に置いてあって、これを受けとりにくるんだなとは思ってたけど、やっぱり寄ってくれてうれしかったなぁ。山篭りしていて、ひさしぶりに会った「人」、だ。Mさんは、前回、伊参エリアに出展していて、わたしはMさんからレジデンスのことや伊参スタジオのことを事前に教わった。

 そう、このMさんが伊参スタジオの管理人のSさんのことも教えてくれたのだ。元校長先生なんだよ、ということだったが、実際Sさんに挨拶に行ったときも、全然偉そうじゃなくて、ご本人の口からはそんなことは出ず、用務員さんみたいにツナギを着て、校庭の草刈をしたり、畑仕事をしたり、掃除をしたりしている。それで一日に一回、いっぱい描いたね、と様子を見に来てくれる。わたしは脚立を借りたり、ドライバーを借りたり、台所を借りたり、モップを借りたり、電話を借りたり、わ、借りてばっかり、とにかくお世話になった。わたしは毎朝8時半に「おはようございます!」、夕方4時半になると「お先に失礼します!」と挨拶し、施工の仕事か何かで通勤してる感じだった。たまにSさんの「仲間(Mさん談)」が訪ねてきて、校庭の椅子で3人でのんびりしている。わたしの作品も見に来た。聞けばお一方はビエンナーレを始めた当時の副町長さんだそうだ。そういえば、ある時「原口さーん!カツキから電話ー!」と呼ばれた。え、カツキ? だれ? と思ったら、町役場職員でビエンナーレ事務局のYさんのことだった。下の名前で呼ぶんだ、と思った。みんな顔見知りなんだなと思った。Sさんはビエンナーレでは会場の管理もするそうだ。多い日は一日1000人来るよ。元校長先生が、引退後、元小学校で管理人をして、昔の仲間とお茶を飲んだり、観光客の相手をしたり、ビエンナーレや映画祭の手伝いをしている、なんか映画みたいな話だ。

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作品の一部に「そうだそうだ うれしい気持ちだ このうれしい気持ちでかくぞかくぞかくぞ おいしかったなぁもぐもぐ かくぞかくぞ~~~」「これはおだんご 四万のおだんご」という文字が見える。横のぐるぐるがおだんごだ。わたしが描くと、おだんごは丸の連続だ。え、おだんごに見えない? 本当は差し入れでもらったのはコレ(島村の焼まんじゅう)だ。
会期が始まったら、このテキストどこにあるか探してみてね(いや、そういうんじゃないって)。