2015/02/15

ただいま袋になってます

 調子が悪いとき「袋になっちゃう」と思う。自分は袋だ、息と食物を出し入れするだけの細長いただの袋、からっぽの袋、ひょろひょろふらふら浮遊する袋。

 だから作品中にながぁい靴下みたいな袋の絵が登場したり、袋という言葉が出てきたりする。

 ドリトル先生を読んでたら、フクロのトートーが出てきた。フクロウじゃなくてフクロ。プーに出てくるのもフクロ。石井桃子さんはフクロがいいと思ったのかもしれない。プーのフクロは、物知りのように見えてイーヨーのしっぽを扉につけたりして、ちょっと抜けている。フクロがちょうどいい感じだ。袋になったわたしはフクロのところで苦笑する。

 ドリトル先生はもう月まで行った。月に行くのはウォレスとグルミット。あの二人がサイドカーで活躍する。ナニー・マクフィーもサイドカーで活躍。イギリスの伝統か? ここにもコブタ登場。イギリスの児童文学には魔法がよく出てくる一方、手づくり品も同時に登場するのが、私が惹かれるところ。ウォレスとグルミットのロケットはノコギリで作られてるし、朝食マシンもかなり手づくり。ムナーリの役に立たない機械みたいで楽しい。あ、イギリスしりとりをやっていたのに、最後はイタリアになっちゃった。

☆今日のアナログハイパーリンクな読書
『ドリトル先生月へゆく』→『くまのプーさん』→ウォレスとグルミット『チーズホリデー』『危機一髪』→『ナニー・マクフィーと空飛ぶ子ブタ』→ムナーリ『役に立たない機械』