2014/11/30

本に励まされたと書くとうすっぺらいけどそういうことだった

こないだ須賀敦子展で手紙を見て、blogというのは、読む人が一人ではない手紙のようなものかなぁと思ったけど、やはり、その人、と思って書く手紙とはまったく違うものなので、まったく違ったものかもしれないと思う。手紙の相手がいないのかもしれない。

このところ、迷っていたことがあって、どうしようどうしようとずっと考えていて、なんだか面倒になってもうやめてしまおうかという方向に流れそうだったのを、昨日、一念発起、急に先方に電話して出かけることにした。

というのも、『私のなかの彼女』を読んだからだ。別に、どこがどうということではなく、和歌がたよりなくて、失敗しながらいろいろがんばってるなぁと思ったから、よし、わたしもやるかな、となんか思った。(ここで、どうしてかを説明しようとしてしまう自分に気づく。このblogは説明するよりどんどん書いていこうと思っているのに、どうして「誰か」のための説明しようとしてしまうのか自分でもわからない)

とにかく、そう思って、行った。途中、電車が事故で長く止まって、これはもう行かないほうがいいという暗示だろうか、とも思ったけど(心配だと、そんな外部のことまでも何か関係あるものととらえがちだ)、ジャスト約束の時間に着いた。ちょっとしたことだけど、自分の行動がだれだかはわからないけれど天のだれかに歓迎されているように思えた。座った椅子の背があたたかくて、自分が大事にされているようでホッとした。

その後、だいたいあの辺だろ、と思って行ったところへも道に迷って同じところをぐるぐる歩いてもうだめだなと思って帰りかけたとき(雨も降ってきた)、ふと目印を見つけてたどり着いたのも、やはり今日自分は出かけてよかったのだと思えた。ここで買った画集も買うか買うまいかずっと迷っていたが、思い切って買ってみた。あらためて眺めてみるといいかどうかわからないが、とにかくしばらく手許に置いておこう。ついでに年賀タオルを呉服屋の店頭で買い、お正月用の帯の絵が羽子板でかわいいなと見ていたら、お店の人に「お着物は?」と聞かれ、「え、あ、母のを少し着ています」と話をした。いいものを見て気分がよくなった。
こんな小さなことが、今日を肯定していると思えた。

和歌はわたしだ、と思った。

と書くと、結論めいているが、そうじゃなくて、本を読んだときにそう思ったことをここに言い添えているだけだ。角田光代の本で女性はわりとそういう感想を持つ人が多い、というのが実感できた。こういうことか、と。わたしもわたしにとっての「エジプト」に行ける日を期待しよう。

☆今日のアナログハイパーリンクな読書
須賀敦子展
「考える人」→角田光代『私のなかの彼女』