とんでもなくて大真面目でこどもみたいに愛嬌がある

深沢七郎『言わなければよかったのに日記』を読む。とてもおもしろい。尾辻克彦解説。横尾忠則『絵画の向こう側・ぼくの内側』にも深沢七郎が出てくる。二人とも深沢さんが大好きみたいだ。

ふと、つげ義春の『貧困旅行記』に似ていると思った。旅は帰ってくるから旅なのに帰ってこない旅をする、手紙でしか知らない女だけど結婚しようと思う、離婚歴があるからすぐに結婚してくれそうだ、看護婦だから養ってもらえるだろう、と勝手に想像して、それで九州に行ってしまう。端から見るととんでもないんだけど、本人は大真面目で、そこに愛嬌があって笑ってしまう。(とはいえ、本当に交際するとめんどうそうだ。横尾忠則にあてた手紙みたいなのを急にもらったら、わたしもきっと面食らう。)

歌舞伎で「楢山節考」を上演するのに稽古を見ていたらとても残酷に思えてきて、「おりんを連れて帰るようにして下さい」なんて、当の作者が大声で言ったりして、まさに「そんなこと云い出しちゃ困りますよ」というものだ。「あんな小説を書いちゃって」とくよくよ考えたりして、なんとも、まぁ、実にかわいい。著者近影も、たしかに愛嬌がある。正宗白鳥との会話を見ても、お見合いの席での受け答えを見ても、子どもみたいな人なんだろうな。

尾辻克彦が解説で、前にこの本を文庫で読んだと思ったけど、今回はじめて文庫化されるというのでへんだなと思うけど、自分の記憶の中にはちゃんとある、という箇所は大変共感した。わたしもよくそういうことがある。

「記憶というのは記録が発酵して表現にまで近づいているものだろう。」

赤瀬川原平はノイローゼで入院したときにこの本を読んで大いに助けられ感動したそうだが、わたしも傍らに置いておきたいと思う本。こんなふうなところがわたしにもあるのに、隠して生きているからだと思う。正しいことばかり言わなくちゃって思うのが息苦しい。ふと思い立って杉浦日向子『百日紅』を読んだ。

☆今日のアナログハイパーリンクな読書
尾辻克彦→深沢七郎『言わなければよかったのに日記』
岩波ブックカフェ→横尾忠則『絵画の向こう側・ぼくの内側』→深沢七郎